公益社団法人日本獣医学会 The Japanese Society of Veterinary Science

人獣共通感染症 連続講座 第121回(08/31/2001)


PAGE
TOP

BSEの原因としてスクレイピーの可能性

 7月末に英国の中央獣医学研究所(Central Veterinary Laboratory)(現在はVeterinary Laboratories Agencyに改称されています)で久しぶりにレイ・ブラッドレイRay Bradleyとジェラルド・ウエルズGerald Wellsに会ってきました。ウエルズはBSEを最初に病理学的に確認した病理研究者です。ブラッドレイは当時、病理部長でウエルズの上司で、現在にいたるまで英国政府とEUでBSEのアドバイザーをつとめています。
 
いろいろな話題がありましたが、その中からBSEのスクレイピー起源説はまだ否定できないという、最近の別の調査委員会の報告がありました。
 
本講座第110回でご紹介したように、英国政府のBSE調査委員会(委員長の名前から、フィリップス委員会とします)はBSEの起源がスクレイピーという、これまでの考え方を否定しました。
 
この問題について、別の調査委員会(委員長の名前から、ホーン委員会とします)で検討が行われており、7月9日に報告書が発表されました。その要点をご紹介します。
 
なお、この内容の要約はVeterinary Record, July 28, 2001 (page 98-99)にNews and Reportsとして掲載されています。

 
ホーン委員会の報告書"Review of the origin of BSE"は7月5日に発表されたものです。委員長はケンブリッジ大学動物学の名誉教授ガブリエル・ホーンGabriel Hornです。6名の委員のうち、この分野の専門家としてはモイラ・ブルースMoira Bruceが加わっています。彼女は家畜衛生研究所神経病理セクションのチーフです。

BSEの起源の問題は将来の世代にとっても重要という視点で詳しい検討が行われています。報告書では、フィリップス委員会の論点をパラグラフ毎に内容を検討し、見解が述べられています。全部で64ページ(文献、用語解説も含めて)ありますが、そのうち、要約の部分を取り上げてみます。カッコ内はさらに注釈に相当する部分を報告書の本文から抜き出してみたものです。

結論としては、スクレイピーの可能性は否定できないということです。

1. BSEが肉骨粉を介して流行を起こした証拠は非常に強く、母ウシから子ウシへの伝達、牧草の汚染や動物薬により広がった可能性は非常に小さい。

2.BSEがイングランド南西部で1970年代から1980年代初めに何回かのサイクルで広がっていたとするフィリップス委員会の見解は妥当とみなせる。

3. 変異を起こしていない(つまり、野外に存在する)スクレイピー病原体をBSE病原体とする可能性を除外することはできない。

4. アフリカのウシ科動物(クーズーなど)や食肉類が伝達性海綿状脳症(TSE)に感染して、それが肉骨粉に混入した可能性は完全には否定できないが、実証は不可能。(これはマッセイ大学のロジャー・モリス教授のチームが35種類の仮説を検討し、一番可能性が高いとみなしている説で、1970年代にアフリカから輸入した一頭のカモシカの脳が肉骨粉に混入したというものです。このチームの正式報告が出る前に今年の4月にニュージーランドの新聞に掲載されてしまいました。この説はフィリップス委員会の考えに近いとみなせます。)

5. 種々の環境因子や毒性化学物質(たとえば、有機リン)が異常プリオン蛋白産生にかかわった可能性は除外できないが、これらの因子が病気の感受性に影響を与えた可能性はあったにしても、これまで提唱された見解では流行の始まりや維持を説明できない。

6. 肉骨粉は20世紀後半には全世界で使用されていた。それぞれの国(オーストラリアとニュージーランド以外)の羊でスクレイピーがあったと思われるのに、英国でのみ1970年代から1980年代初めにBSEが発生した謎については、以下のことが考えられる。

1)1970年代から1980年代初めにレンダリング方式の変更が行われたが、どの方式でもTSE病原体を完全には不活化できない。しかし、方式の変更で感染価に10倍の差が生じたことは、流行に影響を及ぼした可能性がある。(デイヴィッド・テイラーの実験では、有機溶媒抽出により感染価が約10倍低下するとなっています。したがって、レンダリング方式の変更で有機溶媒の使用が中止されたことは、感染価の10倍の上昇につながった可能性があるということ、さらに感染成立には限界値があり、古いレンダリング方式では限界値以下だったのが、10倍上昇で限界値を超えた可能性もありうるという見解を述べています。)

2)1970年から1988年にかけて、飼料会社は肉骨粉を生後1ないし2週令の子ウシの餌に使用し始めた。その結果、多くの乳牛は子ウシの時に肉骨粉を与えられた。この方式はヨーロッパ大陸や米国ではあまり行われていなかった。(オーストラリアではこの方式を同じ頃に開始しています。しかし、ここはスクレイピー・フリー)

3)肉牛の子ウシはあまり肉骨粉を与えられていない。これらではBSE発生頻度が乳牛よりも低い。

(これらをまとめると、スクレイピーが地方病として存在していて、かなりの量の肉骨粉が生まれたての子ウシに与えられた国は英国だけとなります)

7. BSE病原体の起源
1)1970-1985の期間、英国でのヒツジの飼育数はEU 内で最大、ウシは3番目に多かった。したがってヒツジとウシの比率は最大だった。

2)英国のヒツジでは、年間5、000-10,000例のスクレイピーが起きていたと推測される。肉骨粉に含まれるヒツジとウシの死体の比率が飼育数を反映するのであれば、英国の肉骨粉には比較的高いレベルのスクレイピー汚染が考えられる。

3)BSEの特徴を示すスクレイピー株は見つかっていないが、調べられたヒツジの数はわずか。(スクレイピー株分離の対象になったのは29頭だけ。しかもランダムサンプルではない。英国で5、000-10,000例のスクレイピーの数から見るときわめてわずかになります。したがって、BSEの原因になったスクレイピー株が存在していて、まだ見つかっていない可能性は十分にあるという訳です)

8. 以上を考察すると、1970年代から1980年代にかけて異常な出来事の連鎖が推測される。すなわち、子ウシの餌に肉骨粉が用いられるようになったこと。肉骨粉に比較的高いレベルでスクレイピー汚染が起きていたこと。レンダリング方式の変更で肉骨粉中の感染価が低いものの、臨床的には有意な増加が起きていたこと。(これらの複合要因により英国だけにBSEが発生したことは説明可能という見解です。)

9. 子ウシに対して生後最初の12週間肉骨粉の入った餌を与えることは、英国では1970年代に始まったが、ヨーロッパ大陸や米国ではあまり行われなかった。高い感受性を示す時期があるのかどうかは、実験的に確かめる必要がある。