公益社団法人日本獣医学会 The Japanese Society of Veterinary Science

人獣共通感染症 連続講座 第154回(02/13/2004)


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米国のBSE:プルシナー博士の議会での発言

 プルシナー博士が日本の全頭検査を全面的に支持する見解を1月27日に開かれた米国の議会の委員会で発言しています。彼は以前から日本の検査方式を高く評価しており、若齢の非定型的BSEが見いだされたことにも強い関心を示していました。彼の発言の全文をご紹介します。

合衆国議会下院の食品安全委員会幹事会で、BSEについての発言の機会を与えられて嬉しく思います。私は関心を持つ市民、愛すべき父親、神経内科学に打ち込んでいる医師、カリフォルニア大学教授の資格を持つ教育者、そしてベンチャー企業インプロ社を創立した企業科学者として出席しました。私はまた、BSEを含むプリオン病の専門家です。連邦および州政府はアン・ヴェネマン農務長官が2003年12月23日にワシントン州マブトンで6歳半の牛がBSEと診断されたことで混乱しています。私はBSEに関して5つの点、そして合衆国がこの病気と戦うために行わなければならないと信じていることを述べたいと思います。

  1. プリオンがBSEの原因
     BSEはきわめて小さくて強力な顕微鏡でも見ることができない感染性因子により引き起こされます。この小さな感染因子はプリオンと呼ばれています。プリオンの大きな凝集塊は電子顕微鏡で見ることができますが、個々のプリオンを見ることはいまだに不可能です。1世紀以上にわたって電子顕微鏡で見ることができるウイルスが、もっとも小さな微生物でした。しかし、プリオンはウイルスよりもはるかに小さく、そのきわめて小さなサイズのために死滅させることがきわめて困難です。

  2. プリオン病は常に致死的
     プリオンは脳の激しい破壊を引き起こします。人のプリオン病、動物のプリオン病いずれも100%致死的です。実際、プリオン病になったものは最終的には死亡します。プリオンの増殖の開始は単一のプリオンで十分です。それは数百、ついで数千、さらに数百万、最後には数十億に達します。数十億のプリオンが脳と脊髄を破壊することはよく知られています。
     さまざまな医学生物学研究から、牛のプリオンが人に感染を起こして、その脳を破壊することを私たちは知っています。ヨーロッパでは150人以上のティーンエイジャーと若い成人がプリオンに汚染した牛肉または牛肉製品を食べた後に発病しています。

  3. 自然発生するプリオン
     プリオンは自然に発生します。これはきわめて重要な概念であり、さらに、この性質はウイルスとプリオンの違いです。どの哺乳動物でもプリオンは自然発生します。人でもっとも一般的なプリオン病はプリオンの自然発生で起こります。数十年にわたって環境についてプリオンを調べたにもかかわらず、プリオン病の自然発生例ではプリオンにさらされた証拠が得られていません。クールーと呼ばれる人のプリオン病の流行での最初の出来事は、プリオン病の自然発生例のはずです。一旦、クールー・プリオンが自然発生した後、それはニューギニア先住民の間で行われていた人食い儀式により広がりました。死亡した親戚の人たちを食べる習慣が無くなったことで少数の先住民の間でのクールーは消失しましたが、人プリオンの自然発生を排除することはできません。
     同様に、牛のくず肉をレンダリングにより餌として牛に与える工業的共食いを中止したことで、英国でのBSE牛の数は減少しました。しかし、自然発生するプリオンを阻止することはできないでしょう。すなわち、牛への餌の与え方を変えることでプリオンの増幅は止められるでしょうが、牛プリオンの自然発生は阻止できないでしょう。
    すでに申し上げたように、プリオンはどの哺乳動物でも自然発生します。そのきっかけになるものは分かりませんが、いくつかの妥当とみなせる仮説はあります。そしてそれらによりいずれはプリオンの自然発生が説明できるかもしれません。

  4. 日本での解決法
     二人の娘の父親、一人の姪と甥の叔父として、人の食用になる牛のすべてを試験する日本の方式を、合衆国がなぜ採用しようとしないのか私は理解することができません。これらの若者に日本の牛肉はアメリカの牛肉よりも安全だと説明することは困難です。合衆国は日本と同じ問題を抱えています。しかし、日本は屠畜されるすべて牛を試験しています。プリオンにさらされて神経疾患を発病するまでに50年以上もかかることを知れば、この問題は子供たちの悩みになるでしょう。ニューギニア先住民の中には人食い儀式でプリオンを食べてから50年以上経ってクールーになっている人もいるのです。

  5. プリオンの科学は新しい。
     プリオンの科学はまだ非常に若いものです。わずか25年前に私はプリオンを発見し、これまで知られていなかった感染因子にこの名前を付けました。したがって、いまでもプリオンの存在を否定する反対者がいても驚くことではありません。反対論者の合唱はいつも科学理論の大きな変化に伴って起こります。ガリレオが、惑星が太陽を回ると書いた時、彼は牢屋に入れられました。地球が宇宙の中心でないと考えた勇気はなにだったのでしょうか。アインシュタインが1905年に相対性理論を提唱し50年後に彼が死亡するまで、反対論者たちはほとんど毎日彼を軽蔑しつづけました。彼は気が狂っているとか彼の理論は不可能という手紙が毎週少なくとも2,3通は彼のプリンストン大学のオフィスに届けられました。この馬鹿げた行為は彼の死亡で終わったのです。ウイーンの産婦人科医フィリップ・ゼンメルワイスは最終的に精神病院に入れられました。彼は、もしも出産の際に産婦人科医が両手を洗いさえすれば致死的な細菌感染(注:産褥熱)を防ぐことができると提唱したことで、あざけり笑われたのです。アルフレッド・ウェーゲナーが大陸の形や位置を説明するのに大陸漂流を提唱した時に、それを信じた人はほとんど居ませんでした。
    ここで紹介したいくつかの例と同様にプリオンの発見もまた「科学の異教徒」にされました。これまでの私の経歴の大部分を通じて、プリオンは存在するはずがないという激しい議論に直面してきました。彼らは「プリオンはナンセンスだ。ありえない。」と叫びました。私のプリオン発見25年後の今でも、プリオン生物学の新しい概念を理解できない、または理解しようとしない人たちが残っています。ドイツの有名な物理学者マックス・プランクは量子力学の原理を提唱した際、多くの反対論者に遭遇しました。気持ちが挫折したプランクは、「新しい科学的真実は反対する人に信じさせることで勝利を収めることはできない、むしろ反対論者が死んでいって、好意的な人の数が増えるのを待つのみだ」と述べたことがあります。
     非科学的な言い方をすれば、プリオンはどう見ても新しい奇妙な恐ろしい微生物に違いないと思います。25年前、プリオンは存在していませんでした。現在ではプリオン生物学は全世界のすべての医科大学で教えられています。プリオン生物学はまた、多くのハイスクールやほとんどのカレッジでも教えられています。さらに、「プリオン」の言葉はあらゆる辞書に出ています。
     プリオンの発見は我々の考え方に多くの変化をもたらしてきているために、議員としての任務上、皆さんはBSEについて多くの間違った情報の的になり、これからもその事態は続くでしょう。しかし、科学のまったく新しい領域が生まれる時、これは避けられないという点だけを、とりあえずつけ加えておきます。
    プリオンはかって科学における異教徒と焼き印を押され、現在はほとんどの学者によって正教徒とみなされているにもかかわらず、反対論者もいまだに居ます。このことは、あなた方が過去四半世紀にわたって蓄積されてきた科学的知識にもとづかない見解を聞くこと、そして代わりに、実験により証明された科学情報が絶え間なく増加しているのに、それらを無視した見解を聞くことを意味しています。

  6. 結 論
     過去半世紀にわたる研究から、人はプリオン、とくに人のプリオンまたは牛由来のプリオンを食べるべきでないことが明らかになっています。食品へのプリオン汚染の問題がなくなることはない点を私は強調したいと思います。もし我々がなにもしなければ、食品の安全性への信頼は衰退をつづけるだけでしょう。プリオン汚染の問題に直面するのが早ければ早いほど、それを防ぐことが、より容易になるでしょう。屠畜されるすべての牛を試験する日本の解決策のみが、食品からのプリオン汚染を排除し、消費者の信頼を回復するでしょう。
     間違いなく、この惑星上のもっとも繁栄しもっとも成功した国市民はプリオンを含まない肉を食べる資格を持っているはずです。

154回追加 2/22/2004 読者からのコメントとそれに対する回答