公益社団法人日本獣医学会 The Japanese Society of Veterinary Science

人獣共通感染症 連続講座 第105回(11/2/2000)


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変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)とウシ海綿状脳症(BSE)の現状

BSEからの感染がほぼ間違いないとされている新型CJDに関する最近の話題をとりあげ、最後にBSEの現状もご紹介します。
 新型CJDは正式には新変異型(new variant) CJDと訳すべきでしたが、私は分かりやすさを考慮してnewの方だけをとって、新型CJDの訳を用いていました。ところが、最近英国ではnewをはずしてvariant CJDと呼ぶようになりました。そこで、これからは変異型CJDの訳を用いることにします。

1.変異型CJD患者の発生状況
Lancet 356, 482(8月5日号)によれば、英国での患者数は2000年6月現在で75名です。内訳は1994(8)、1995(10)、1996(11)、1997(14)、1998(16)、1999(16)、2000(0)です。そのうち69名が死亡しています。59名は病理学的に変異型CJDと確認されており、ほかの16名(このうち6名は生存しています)は、ほぼ確実例とされています。この内訳を見ると毎年、患者数は23%増加しており、死亡数は33%増加していることになります。絶対数は低いものの、増加している点に関心が寄せられています。
 ところで、BSE発生の1980年から変異型CJDが初めて見つかった1996年までに、英国では75万頭のBSE感染ウシが屠殺されたと推定されています。そして、最大50万人の変異型CJD患者が発生するとの予測がなされていました。この予測が下方修正されました。
  今年になってオックスフォード大学のニール・フェルグソンNiel Fergusonのグループが試算した結果、最大13万6000人という推定が出されました。かっての予測値よりはかなり少なくなったわけです。 実際には潜伏期など、いろいろな要因が不明なために、最終的な予測はできません。平均寿命よりも潜伏期が長くなければ、6000人以上になることはないだろうという推測もされています。

2.子供と老人の変異型CJD
 1996年に変異型CJDが最初に報告された時、もっとも若い患者は16才でした。1997年5月から3年間にわたって16才以下の子供について変異型CJDの積極的な調査が行われました。対象となったのは進行性の知的および神経障害を示した子供です。この症状が疑われた885名の患者の中から、2名が変異型CJDと診断され、1名がほぼ確実例とみなされました。確定診断例は14才の女子と15才の男子で、いずれも死亡しています。ほぼ確実例は12才の女子です。この成績に対して3年間では期間が短すぎるとの意見も出ています。 一方、これまで変異型CJDは若い人が中心でしたが、昨年は74才の人が死亡しました。これは当初予想されたのよりもはば広い年齢層で患者が発生する可能性を示したものとして注目されています。

3.変異型CJDの集団発生?
  英国のふたつの場所で集団発生が疑われる例が起きています。
  最初は、レイセスターシャーLeicestershireのクエニボローQueniboroughという、人口2500人の小さな村で1998年に3名が変異型CJDで死亡しました。変異型CJD患者は今年になってレイセスターシャーでさらに2名が見つかりました。5月に19才の男性が死亡し、ついで24才の男性がほぼ確実例と診断されたのです。偶然とは考えにくいとみなされ、原因調査が行われているとのことです。
  第2の集団発生が疑われる例はヨークシャーYorkshireで見つかりました。19才の男性が3年前に変異型CJDで死亡していたのですが、その男性とまったく同じストリートに住んでいる28才の女性が同じく変異型CJDで先月死亡したのです。ふたりは同じ学校にも通っていたことがあります。ふたりの死亡が関連があるのかどうか調査が行われているそうです。

4.フランスで見つかった第2例の変異型CJD 
  フランスでは1名の変異型CJDが見つかっていました。このヒトが何から感染したのかはまったく不明で、ボディビルのためにウシ由来の成長ホルモンではないかという憶測もありました。
 Lancet 356, 253(7月15日号)に第2例目の患者についての報告が掲載されました。それによると患者は36才の女性で発病後14ヶ月で死亡しました。解剖の結果、変異型CJDに特徴的な病変が認められ、プリオン蛋白のウエスタン・ブロットでも変異型CJDに特徴的な4型の結果が得られ、変異型CJDであることが確認されました。
  なお、患者は外国に出かけたことはまったくありませんでした。

5.BSEの現状
 英国農漁業食糧省の2000年6月の報告書「A Progress Report on Bovine Spongiform Encephalopathy in Great Britain」によれば、2000年6月までの発生状況は以下のとおりです。
 英国での発生総数は176,954頭です。そのうち、1999年は2274頭,2000年は半年で613頭となっています。最大発生がみられた1992年の36,682頭,1993年の34370頭と比べると15分の1以下に減少してきています。
 ほかにまだ発生が続いている主な国の1999年の発生数は、ポルトガルの168頭,アイルランドの91頭,スイスの49頭,フランスの31頭です。
 全世界でのこれまでの発生総数は181,375頭です。

6.血液によるBSEの伝播
 英国家畜衛生研究所のグループではBSEに実験的に感染させたヒツジの血液を別のヒツジに輸血することでBSEが伝達されたことをLancet 356, 999(九月16日号)に発表しました。その内容は、BSEのウシの脳を経口的にヒツジに与え、318日後にその血液400mlをニュージーランド産のヒツジに輸血した実験の成績です。なお、ニュージーランドはスクレイピー・フリーの国です。この時点では血液を提供したヒツジは健康で、311日後すなわちBSE接種629日後に発症しました。この血液を輸血されたヒツジは610日後に典型的なBSEの症状を示しました。
 この成績はわずか1頭だけのものですが、BSE潜伏期の半ばで、発症していなくても血液でBSEが伝達される可能性を示したことになります。BSE感染によると考えられる変異型CJD患者の血液が、症状が出る前の潜伏期でも感染を伝播するおそれのあることを示すものと受け止められています。