人獣共通感染症 連続講座 第30回 2/21/96
エボラウイルスに関する2つの話題


1。ガボンにおけるエボラ出血熱の発生
 新聞やTV で報道されているように西アフリカのガボンでエボラの患者が出ました。2月20日発行のWHO Epidemiological Bulletinに、その報告がまとめられていますので、ご紹介します。
 
 ガボンのフランスビルFranceville国際医学研究センターとパリのパスツール研究所WHO協力センターにより診断が確定した。これまでに20例と疑似7例が報告されている。これらのうち13例が死亡した。すべてマイボウトMayibout で起きたものである。ここはリーブルビルLiebrevilleの東約400キロにある人口150人位の隔離された村である。死亡例のうち12名は死んだチンパンジーと直接接触したことが分かっている。13番目の例は最初の19例のひとりの6カ月令の子供である。
 国際チームは2月16日金曜日にマイボウトに到着し、患者との接触の可能性のあった者すべてについての調査と、近隣のふたつの村での病気のうわさについて調査を行っている。エボラ感染の初期を疑わせる症状を示している6人が厳重観察下に置かれている。血液サンプルを調べるための小型の野外実験室が設けられた。
 現在のところ、WHOはガボン内およびガボンへの旅行制限は勧めていない。初期のエボラ感染が疑われる人がすべて適切に隔離されれば、検疫対策の必要はない。ガボン厚生省の対応はすばやく、また効果的であった。
 以上のほかに、AP通信はチンパンジーからの感染が起きたのは村人達が1月26日にお祭りのためにチンパンジーの皮をはいで調理して食べたことによると伝えています。
 第3、4回の本講座でご紹介しましたが、1994年11月にコートジボアールのタイ国立公園で死亡したチンパンジーの解剖をした動物生態研究者がエボラウイルスに感染しています。この場合はスイスの病院に運ばれ、回復しました。なお、エボラの診断は今回と同様にパスツール研究所で行われました。
 チンパンジーを介した人のエボラウイルス感染がこれで2回起きたことになります。コートジボアールとガボンは離れていますが同じアフリカの西海岸にあり、このあたりのチンパンジーの分布がどうなっているのか興味あるところです。PRIMATE FORUMメンバーでご存じの方がおられたら教えていただきたいと思います。

2。エボラウイルスのエアロゾルによる感染の可能性
 ホットゾーンでとくに強調された点のひとつにカニクイザルに感染を起こしたサルでは、空気感染が起きたことです。この点は当時USAMRIIDで、この事件での指揮をとったピータースC.J. Peters の論文でも述べられています。また、映画アウトブレイクは空気感染がストーリーの根底となっていました。
 一方、人のエボラウイルス感染では直接接触が伝播ルートで空気感染の可能性は乏しいと言われており、昨年のザイールでのエボラの流行の際にも、この点は正しかったとみなされています。しかし、同じグループのウイルスである以上、ザイール株が人で空気感染を起こす可能性はやはり問題として残っております。 この点について米国陸軍微生物病研究所USAMRIIDでアカゲザルを用いたエアロゾルによるザイール株(1976年流行の際に分離されたメインガ株)での伝播実験の成績がInternational Journal of Experimental Pathology Vol. 76, 227-236, 1995に発表され、2月はじめ頃のProMED上で議論を呼び起こしていました。その内容をかいつまんでご紹介します。
 ウイルスを0.8ないし1.2 マイクロメーターの水滴に含ませて、アカゲザルに吸入させたところ400プラック形成単位という少量でも4ー5日で致死的な感染が起きたという報告です。ウイルス抗原は呼吸器の上皮、肺胞マクロファージ、肺の領域リンパ節、さらに鼻や咽喉頭の粘膜にも存在していました。この結果から人でもエアロゾル感染の危険性を防ぐ注意が必要という結論になっています。
 この報告に対して。、感染性のエアロゾルが作られて感染を広げるには粒子サイズ、湿度などの条件が適切でないと自然状態での危険性の議論はできない。さらに重要なこととして自然に作られるエアロゾルが果たして実際の流行で伝播にかかわるかという点が問題である、といった反論が寄せられています。
 実験室感染は普通、注射針で刺したり、壊れた遠心管(これは非常に効果的なエアロゾル形成手段)で起こっているが、CDC で狂犬病の動物室を洗っていた際に感染した技術員は1例のみ、これは狂犬病の犬を入れていたケージを圧力ホースで洗っていて感染したもので、約25年前のことであるということも議論につけ加えられています。
 USARIIDグループはさらにLancet 346, 1669-1671, December 23/30, 1995で、エボラウイルス、ザイール株が未感染の対照サルにも伝播し、これがエアロゾルによる可能性が高いという成績も報告しています。
 この実験では筋肉内にエボラウイルス、ザイール株(メインガ株)をアカゲザルに接種した結果、7ー13日で死亡し、これらのサルのケージから約3メートル離したケージ内に入れられていた対照のサル3頭が実験感染サルが最後に死亡した日から10日ー11日目に死亡したという結果になりました。そしてウイルスがこれらのサルの肺を含めたいろいろな組織から分離されています。すべての実験操作や飼育管理は対照のサルから行っており、人為的な面で対照への感染の起きた可能性は考えられず、エアロゾル感染がもっとも可能性が高いという結論です。
 これまでの人の間でのエボラ流行でエアロゾル感染を示唆するような所見がなかったことは事実ですし、今回の実験成績をどのように評価するのか分かりません。今後さらに議論が深まっていくことを期待したいと思います。


Kazuya Yamanouchi (山内一也)

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