人獣共通感染症 連続講座(第12回)7/27/95
カリフオルニア霊長類センターの訪問


 先週カリフォルニア大学デービス校で開かれた国際獣医免疫シンポジウムに出席していた際に、プログラムの間を利用して同大学に併設されている霊長類センター(California Regional Primate Research Center: CRPRC)を訪ねました。わずか2時間あまりの訪問ですので、タイトルがおおげさなのが気になりますが、まあ、パソコン通信ですのでご容赦ください。
 デービス校は私が1961年から1964年まで留学していたところで、いわば母校です。現在の所長はアンデイ・ヘンドリックスAndy Hendrickxです。私とは20年以上の古い友人です。胎児発生、奇形などが専門で、昔、私が予研に居た時、風疹ウイルスによる奇形の実験的アプローチが問題になっていて、その参考にするために彼にセミナーをしてもらったこともあります。ついでですが、風疹ウイルスによる奇形の研究は現在、長崎大学動物実験施設の佐藤浩先生のテーマでした。
 また、犬山での霊長類学会(?)の際に、名古屋の繁華街の赤ちょうちんに彼と当時ワシントン大学霊長類センターの所長のオービル・スミスOrvil Smith博士と私の3人の髭面が立ち寄り、まわりのお客の視線を浴びたことも懐かしい思い出です。
 まえおきはこれ位にして本題に入ります。限られた時間でしたのでウイルスに問題をしぼってウイルス担当のニック・ラーチ博士とのインタビューを行いました。

1。HIV研究
 日和見感染としてクリプトスポリデイウム感染と細菌性血管腫症Bacillary angiomatosisのサル・モデルの検討が行われています。エイズに伴って増加してきた細菌性血管腫症がきっかけになって、長年、原因不明であった猫ひっかき病がリケッチャのひとつバルトネラ・ヘンセラエBartonella henselaeによることが最近明らかになっています。ちなみにバルトネラ・クインタナBartonella quintanaはざんごう熱の病原体で、その近縁のものが今頃、クローズアップされてきたのは意外な感じもします。この猫ひっかき病の病原体解明の経緯はまさに推理小説なみで、 Emerging Infectious Diseases Vo.1, No.1に載っています。いずれ、この講座でご紹介しようと思います。
 バルトネラをサル免疫不全ウイルスに感染したサルに接種して猫ひっかき病のモデルを作る研究が進行中とのことです。
 HIV-2のサルへの接種実験も行われています。すでに7年間持続感染していて、PCRでウイルス遺伝子の存在もみいだされており、抗体も持続しています。しかし、まだ発病はしていないとのこと。大変な実験です。
 サル・タイプDレトロウイルス(Simian retrovirus: SRD)はこのセンターで1982年に免疫不全のサルから分離されました。ここでは1970年代に結核、Bウイルス発症、リンパ腫などが多発し、多くのサルを失いましたが、この原因がSRDであったことが、後で分かったわけです。そしてこのウイルスがエイズのモデルとして非常に注目され、CPRPCはサルにおけるエイズ研究の中心的存在にもなりました。しかしHIVと同じレンチウイルス属のサル免疫不全ウイルスSIVが分離され、とくにSIV macがサルでエイズの症状をひきおこすことが示されてから、研究の中心はSIVに移っていきました。エイズのモデルとしては同じグループのSIVの方がすぐれていると思われますが、サルの健康管理の方からみると、SRDの方がはるかに重要です。
 SRDとSIVではいくつかの相違点があります。SIV と異なりSRDはT, Bリンパ球、マクロファージをはじめ線維芽細胞まで、多くの種類の細胞に感染します。日和見感染として結核が起こるのもSRDの場合だけです。SRD による免疫不全の機構はまだ分かっていません。SRDの汚染はアカゲザルよりカニクイザルの方が多いとのことです。
 ワシントン大学霊長類センターでブタオザルがHIVに感染するという結果が報告されたのは4年前、私と予研霊長類センター長の吉川先生がワシントン大学に当時の所長ダグラス・バウデン教授を訪ねた時でした。全米でかなりの反響があり、多くの追試がなされてきています。CRPRCでも小規模のブタオザル繁殖コロニーを作っているところだそうです。
 一方、ルイジアナのIBERA(何の省略か分かりません)ではNIHがスポンサーになって大量繁殖をおこなっているとのことです。
 いまのところ、当初の期待のような成績はなかなか再現できず、SIV macを上回るモデルになるかどうか分からないという意見が強いようです。

2。異種移植
 最近、日本の新聞でも紹介されていますので、ご承知の方も多いと思いますが、ヒヒの骨髄細胞をエイズ患者に移植することについての公聴会がワシントンで開かれ、専門家がこのひとりの患者に限って賛成しました。ラーチ博士もこの公聴会に出席して戻ってきたところでした。これまでにもヒヒの肝臓を移植する手術が行われていますが、その理由のひとつにヒヒがB型肝炎やHIVに抵抗性であることがあげられています。すなわちB型肝炎の患者に正常の人の肝臓を移植しても、その肝臓はまたB 型肝炎ウイルスの感染を受けてしまいますが、ヒヒの肝臓なら大丈夫だという理屈です。今回のエイズ患者の場合もHIV抵抗性のヒヒの骨髄細胞ならHIVに対する抵抗力を示してくれるだろうという期待からです。
 37歳になる今回の患者は15年前に感染したのですが、最近になって症状が悪化してきました。どうせ死ぬのだからと移植を受けることを申し出たと伝えられています。
 ヒヒはテキサス・サンアントニオにあるSouthwest Foundationから提供されるとのことです。
 ヒヒにはフォーミイウイルス、内在性レトロウイルスなどの汚染が知られており、これらの問題を抱えたままの手術になります。また、サルのウイルスが人にうつることによって新しい公衆衛生の問題につながる可能性も考慮しなければならないわけです。

3。SPFサル
 エイズ研究のためにSRDやBウイルス汚染のないサルを育成する試みは大分前にワシントン大学霊長類センターが始めました。その後、NIHの援助でほかの霊長類センターでも進められてきています。CRPRCでもすでに約70頭のSPFアカゲザルを作ったそうです。これを核として繁殖計画を進めることになっています。今のところspecific pathogenとして取り上げられているのはSRD, SIV、Bウイルスです。今後はフォーミイウイルスを検討するといっています。これはかなり大変な仕事になると思われます。
 サルのフォーミイウイルスはスローウイルス感染研究の副産物です。かってNIHのガジュセックGajdusek(クールー、クロイツフェルト・ヤコブ病など原因不明の変性神経疾患の患者材料のサルへの伝播に成功し、ノーベル賞を受賞しました)が精力的に多数のサルの脳内に病原体を接種し、脳からのウイルス分離を試みた結果、肝心の病原体ではなくフォーミイウイルスがほとんどすべてのサルからとれてきました。ここで不思議なのはサルからはフォーミイウイルスが高率に分離されるのに人からはまったく分離されない点です。
 SPFサルはエイズ研究だけでなく、最近では遺伝子治療のベクターの安全性確認のために非常に重要になっています。ベクターを接種されたサルの体の中ですでに存在しているサルのレトロウイルスが成績を撹乱するおそれがあるからです。
 テキサス大学ではSPFサルを育成して、販売しているとのことです。

4。サル・エボラウイルスの影響
 日本ではサルの輸入を航空会社が拒否していて、輸入が困難な状態になっていますが、米国でも同様の状況になりつつあるというのがヘンドリックス所長の話です。すでにサルの輸入価格は2倍になったとのこと。そして航空会社はサルの取り扱いは低い優先順位でしかも高い料金を要求しているそうです。


Kazuya Yamanouchi (山内一也)

連続講座:人獣共通感染症へ戻る