ウイルス性出血熱

森川 茂(国立感染症研究所 ウイルス第一部第一室)

はじめに

ウイルス感染症には、出血を伴う症状を呈するものが数多くあるが、特に、エボラ出血熱、マールブルグ病、ラッサ熱、クリミア・コンゴ出血熱の4疾患 (表1) は、患者からの二次感染によりしばしば大きな流行をおこす。
エボラ出血熱、マールブルグ病、ラッサ熱は、アフリカのサハラ砂漠以南に分布し、クリミア・コンゴ出血熱はアフリカ、東欧、中東、中国西部と広く分布する。いずれも、臨床的には、発症初期には突発的な発熱、頭痛、咽頭痛等のインフルエンザ様の症状を呈し、重症化すると出血、ショックによりしばしば死に至る。ウイルス感染者やウイルス性出血熱患者の血液や体液、排泄物を介してヒトからヒトへ感染するため、院内感染や家族内感染により大流行が発生する。他の重篤な出血性ウイルス病とはこのヒトーヒト感染の有無により区別される。
日本ではこれまでラッサ熱患者が1例報告されているのみであるが、出血熱ウイルスの潜伏期の感染者が帰国または日本に入国後発症する可能性があり、検疫上重要な感染症である。伝染病予防法にかわって平成11年4月から施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症新法)では、ウイルス性出血熱は、ペストと並び最も危険な感染症として一類感染症に指定されている。また、エボラウイルスとマールブルグウイルスは、輸入サルを介して国内に侵入する可能性もあるため、平成12年1月より成田、関西空港の動物検疫所内にサル検疫施設が設置され輸入サルの検疫が開始されている。

1.エボラ出血熱 とマールブルグ病

1)病原体と疫学:
 エボラ出血熱は、1976年にアフリカのスーダンとザイールで初めて流行し、約600名の患者が報告された。原因ウイルスはそれぞれの流行で患者から分離され、ザイールでの流行地域の河川名をとってエボラウイルス(Ebola virus)と命名された。近年大規模な流行が頻発している(表2)。エボラウイルスは、4つのサブタイプ(ザイール型、スーダン型、アイボリーコースト型、レストン型)に分類される。ヒトに対する病原性は、ザイール型、スーダン型、アイボリーコースト型の順で、レストン型はヒトに対して病原性が無いと考えられている。サルでは、カニクイサルなどのマカク属が感受性が強く、アフリカミドリサルはヒトと同様の感受性を示す。
マールブルグ病は、1967年ドイツ(マールブルグ)とユーゴスラビア(ベオグラート)で、ウガンダから輸入されたアフリカミドリザルの実験に関連して発生し、患者とサルからウイルスが分離され、マールブルグウイルスと命名された。マールブルグ病は、その後アフリカで数回の散発例が報告されるにとどまったが、1998〜99年にかけてコンゴ共和国(旧ザイール)で初めて大流行し、100名以上の患者が発生した。

2)感染経路と自然宿主:
エボラウイルス、マールブルグウイルスの自然宿主は不明である。サルが感染源となっているケースでも、サルがどの様に感染したかは不明である。エボラウイルスでは、サルを用いた実験室感染からは飛沫感染をおこすが、ヒトにおける飛沫感染に関しては疫学的には否定的である。アフリカでの健康人の抗体保有に関する調査では不顕性感染があるようである。エボラウイルスおよびマールブルグウイルスのヒトへの感染経路は、感染者の血液、体液、分泌物、血便、臓器、精液等との接触による。患者の皮膚の生検材料に多量のウイルスが存在するため、患者、遺体との皮膚接触に関しても充分留意する必要がある。

3)症状と実験室診断:
2-20日の潜伏期を経て発症し、突発性の発熱、筋肉痛が初期症状として現れる。病状の進行に伴って、下痢、重度の悪寒、呼吸不全、出血、腎機能不全、ショック症状が出現する。臨床的に他のウイルス性出血熱、チフス、赤痢、マラリア等との鑑別診断は難しく、ウイルス抗原、抗体の検出、ウイルス分離等の実験室診断が必要である。急性期の患者では、しばしば抗体が検出されずウイルス抗原が多量に検出されるため、確定診断には、血液、組織等からのウイルスの分離、ELISA法や間接蛍光抗体法によるIgM抗体の検出あるいはIgG抗体価の上昇の確認、抗原検出ELISAによる抗原検出、RT-PCR法によるウイルスゲノムRNAの検出を行い総合的に判断する必要がある。患者の治療法はなく対症療法にとどまる。実験的にはDNAワクチンやウイルスベクターを用いたワクチンの有効性が動物実験レベルで確認されている。

4)日本での血清診断体制と防疫体制:
エボラウイルスやマールブルグウイルスは、国立感染症研究所ではレベル4に分類されBSL4実験施設での取り扱いが必要であるが、感染性ウイルスを用いての実験が許可されていない。ウイルス性出血熱は、臨床所見からは診断できず、その確定診断には実験室診断が不可欠である。そのため国立感染症研究所では、株間での抗原性の交叉反応性が最も高いNPを組換え蛋白として発現し、これを用いたエボラウイルス、マールブルグウイルスの抗体検出法を作製している。また、組換えNPに対するモノクローナル抗体を作製して抗原検出ELISAも作製している。現在まで、IgG-ELISA、蛍光抗体法による抗体検出、抗原検出ELISA、RT-PCR法などが実施可能な状況にある。
また、輸入サルに関しては、感染症新法第54条に基づき、特定の国、地域から発送されたサルの輸入禁止、第55条により実験用、ペット用も含めて全てのサルが検疫対象となり、農林水産省動物検疫所がその業務にあたっている。フィロウイルス(エボラウイルス、マールブルグウイルス)の潜伏期間を考慮して、動物検疫所の係留施設または、農林水産大臣の指定する指定検査場所で、原則として30日間の係留、観察が行われている。

2.ラッサ熱

1) 病原体と疫学:
 1969年にナイジェリア東北部のLassa村の病院で、院内感染により大規模な流行をおこし、患者検体からウイルスが分離され、ラッサウイルスと命名された。ラッサ熱は、ナイジェリア、リベリア、シエラレオーネ、セネガル、ギニア等のサハラ以南西アフリカで毎年流行している。雨期に比べて乾期に流行することが多い。これらの地域でのラッサ熱による年間死亡数は、5,000人程度と考えられている。ラッサ熱流行地からの海外渡航者、帰国者が潜伏期間中に移動して流行地以外で発症する事例がたびたび報告されている。日本でも1987年シエラレオーネからの帰国者が発症した。

2)感染経路と自然宿主:
ラッサウイルスは、4つのサブグループからなり、ナイジェリアに3つのサブグループが存在し、シエラレオーネ、ギニア、リベリアに残りのサブグループが存在する。ラッサウイルスはアフリカ大陸に広く分布するマストミス(Mastomys natalensis)を宿主とする。ヒトは感染マストミスの排泄物、唾液との接触により感染するが、ラッサ熱患者の血液、体液との接触によっても感染する。患者からの空気感染はない。

3)症状と治療法:
数日〜16日の潜伏期を経て、発熱、咽頭痛、悪寒がみられ、続いて、関節痛、頭痛、嘔吐、下痢などのインフルエンザ様症状が出現する。悪化すると高熱、胸痛、腹痛、筋肉痛、滲出性扁桃炎、結膜充血ないし出血が認められる。黄疸、発疹はまれである。重症例では、顔面、頚部の浮腫、粘膜出血、中心性チアノーゼ、ショックがみられる。後遺症として聴覚障害が25%ほどにみられる。まれに、出血熱ではなく脳症おこすこともある。臨床検査所見としては、蛋白尿、GOT、GPTの上昇が認められる。発症時の血中ウイルス力価が4log10/ml以上で、かつGOTが150以上の場合死亡率は高い。血中ウイルス力価が1.3log10/ml以下の場合予後は良好である。発症率は9-50%、発症した場合の致死率は15-20%である。ラッサ熱にはリバビリンが有効で、発熱6日以内に投与を開始すると致死率が5%に低下する。

4)実験室診断:
ELISA法または蛍光抗体法による血清抗体の検出 (IgM抗体の検出またはペア血清でのIgG抗体の上昇)、血液、尿、咽頭ぬ拭い液からVero細胞を用いたウイルス分離、またはこれらのサンプルからのRT-PCR法によるウイルスRNAの検出が行われる。ウイルス分離、RT-PCRは発病後2-15日で可能であるが16日以降では検出率が低下する。
ラッサウイルスも、レベル4に分類されBSL4実験施設での取り扱いが必要であり、日本ではウイルスの培養ができない。そのため国立感染症研究所では、株間での抗原性の交叉が最も高いNPの組換え蛋白を用いたラッサウイルスの抗体検出法、組換えNPに対するモノクローナル抗体を用いた抗原検出ELISAなど作製している。現在まで、IgG-ELISA、蛍光抗体法による抗体検出、抗原検出ELISA、RT-PCR法などが実施可能な状況にある。しかし、ラッサウイルスでは、国立感染症研究所が用いているサブグループ4に属するJosiah株のNPに対して抗体の交叉反応の弱いラッサ患者血清があることが明らかとなり、現状では全ての型のラッサウイルス抗体を検出できない可能性がある。このことは、抗原検出ELISAで交叉しないウイルス株が存在する可能性も強く示唆され対応が急務である。

3.クリミア・コンゴ出血熱

1)病原体と疫学:
1944、1945年に旧ソ連のクリミア半島で流行した出血熱からウイルスが分離され、その後アフリカのコンゴで分離されたウイルスと同一であることが明らかになり、クリミア.コンゴ出血熱と呼ばれるようになった。アフリカ大陸、中近東、東欧、地中海周辺、中央アジア、インド亜大陸、中国西部と非常に広汎に分布する。クリミア・コンゴ出血熱ウイルスは、3ないし4つのサブグループを形成し、家畜や渡り鳥の移動に伴って地理的分布を広げていると考えられる。

2)感染経路と自然宿主:
クリミア・コンゴ出血熱ウイルスの宿主は、多くの野生動物、家畜である。ダチョウも感染すると4日程ウイルス血症を呈する。ヒツジは感染すると発熱が見られるが重篤にはならない。ダニ(Hyalomma 属)では水平感染と垂直感染が見られ、ベクターおよび宿主となる。約30種類のダニにウイルスに対する感受性がある。クリミア・コンゴ出血熱ウイルスは、動物-ダニ間でのサイクルとダニ-ダニ間でのサイクルで維持されている。ヒトへの感染は、ダニによる媒介以外には感染動物の血液や組織との接触による。患者の血液、体液との接触によっても感染し、家族内あるいは院内感染をおこすことがある。空気感染はしない。

3)症状と治療法:
クリミア・コンゴ出血熱の潜伏期は2-9日で、急性のインフルエンザ様症状にはじまる。数病日から出血傾向が認められ、次いで点状ないし斑状出血、吐血、メレナ、黄疸、肝腫大が認められる。発病2週目に大量出血、ショック、腎機能不全により死亡することが多い。臨床検査所見としては、血小板減少、リンパ球、好中球減少、GOT・GPTの上昇が認められる。感染者の発症率は20%、発症例の致死率は15-70%である。ラッサウイルス同様にリバビリンが有効である。

4)実験室診断:
ウイルス分離、RT-PCR、蛍光抗体法やELISAによるIgM抗体の証明、IgG抗体の上昇の確認が行われる。ウイルス分離は生後4日までの乳のみマウス脳内接種が最も感度が高い。クリミア・コンゴ出血熱ウイルスも、レベル4に分類され日本では培養が不可能なため、国立感染症研究所では、組換えNPを用いた抗体検出法、組換えNPに対するモノクローナル抗体を用いた抗原検出ELISAなど作製している。現在まで、IgM-capture ELISA、IgG-ELISA、蛍光抗体法による抗体検出、抗原検出ELISA、RT-PCR法などが実施可能である。

4.ワクチンの可能性

フィロウイルスに関しては、GP、NP等を標的にしてDNAワクチン、アルファウイルスレプリコン 、アデノウイルスベクター、組換えワクチニアを用いた動物実験が行われ、細胞性、液性免疫のいずれも有効であるがTh1-typeの免疫誘導がより有効なようである。ラッサウイルスに関しては、アルファウイルスレプリコン や組換えワクチニアを用いた研究から、細胞性免疫の誘導が必要で、特にG1/G2を標的にしたものが有効である。クリミア・コンゴ出血熱ウイルスに関しては、ワクチン開発は全く行われていない。また、ワクチンが開発されたとしても、広範囲にワクチン接種が行われるとは考え難い。また、組換えワクチニアは、HIV感染者の多いアフリカでは現実的ではない。このように考えると、ワクチンによるウイルス性出血熱の制圧は、少なくとも近い将来には難しいかもしれない。

おわりに

ウイルス性出血熱の診断は、その治療と公衆衛生上の特殊性から極めて正確な診断が求められる。出血熱ウイルスの診断で最も信頼できる方法はウイルス分離・同定である。分離・同定までの時間は比較的短く、さらにウイルスが分離された場合の診断の信頼度を考慮すると、ウイルス分離・同定はウイルス性出血熱の診断に不可欠である。また、ラッサ熱では回復後の患者の尿に長期にわたってウイルスが分離されることがあり、回復後のサーベイも重要である。このため1980年に当時の国立予防衛生研究所に2つのBL4実験室を有する高度安全実験施設が建設されたが、いまだ実験許可が下りない。昨今、バイオテロの問題が重要視されるようになってきたため、ウイルス材料、ウイルス遺伝子、患者血清等の入手、使用が極めて限定されてきている。このため、組換え蛋白をベースにした実験室診断法の感度、精度検定を行うための患者血清等の入手さえも困難な状況にある。このような状況の一日も早い解決が望まれる。

表1 ウイルス性出血熱

疾 患 名 原因ウイルス(科) 宿 主 分 布 治療法
エボラ出血熱 Ebola virus(filovirus) 不明 アフリカ中央部 対症療法
マールブルグ病 Marburg virus(filovirus) 不明 アフリカ中央部 対症療法
ラッサ熱 Lassa virus(arenavirus) ネズミ
(Mastomys sp.)
西アフリカ一帯 リバビリン、免疫血清
クリミア・コンゴ出血熱 Crimean-Congo hemorrhagic fever virus
(bunyavirus)
哺乳動物とダニ アフリカ、東欧、中近東、中央アジア、インド亜大陸、中国西部 リバビリン

表2 エボラ出血熱、マールブルグ病の流行

国名
ウイルス 患者数(致死率)
ドイツ、ユーゴスラビア 1967 MBG 32 (23%)
ジンバブエ 1975 MBG 3 (33%)
スーダン 1976 EBO-S 284 (53%)
ザイール 1976 EBO-Z 318 (88%)
ザイール 1977 EBO-Z 1 (100%)
スーダン 1979 EBO-S 34 (65%)
ケニア 1980 MBG 2 (50%)
ケニア 1987 MBG 1 (100%)
アメリカ合衆国 1989 EBO-R 4 (0%)
アメリカ合衆国 1990 EBO-R 4 (0%)
イタリア 1992 EBO-R 0 (0%)
アイボリーコースト 1994 EBO-IC 1 (0%)
ザイール 1995 EBO-Z 315 (81%)
ガボン 1994 EBO-Z 44 (63%)
ガボン 1996 EBO-Z 37 (57%)
ガボン 1996 EBO-Z 60 (75%)
南アフリカ 1996 EBO-Z 2 (50%)
アメリカ合衆国 1996 EBO-R 0
コンゴ共和国(旧ザイール) 1998〜99 MBG > 100 (?)
ウガンダ 2000〜01 EBO-S 425 (53%)
ガボン/コンゴ共和国 2001〜02 EBO-? 122 (79%)
EBO-Z:エボラウイルス ザイール型
EB0-S:エボラウイルス スーダン型
EB0-IC:エボラウイルス アイボリーコースト型
EB0-R:エボラウイルス レストン型
MBG:マールブルグウイルス