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Q:国東半島の鹿の角について

お尋ねしたいことがあります。
国東半島(九州)の猟師さんから聞いた話なのですが,「昔,国東半島の鹿は角が枝分かれしないものだった。今いる角が枝分かれする鹿はよそから連れてきたものだ」という話です。本当でしょうか?また,どういうことでしょうか?
どうぞお願いいたします。

お答え

 少なくとも現在日本国内に生息しているニホンジカの角は成長すると尖ったところが4つできる角の形,すなわち3又4尖になります。体格の小さい屋久島のヤクシカ(ニホンジカの亜種)などでは,2又3尖の場合が多いようです。角の枝分かれの数は遺伝的な要素と栄養状態で決まっているようです。私の調査地(宮城県金華山島)で個体の一生を追跡した観察では,通常,枝角は3又4尖で,栄養状態のとても良い年には4又5尖になった個体がいました。その一方で,一時期,充分成長しているのに2又3尖の角を付けている個体が島の一部に複数見られたことがありました。彼らは遺伝的に3尖の角を持っていたのだと思われます。そして,この角の形は急に現れ,そして数年後にはほとんど見られなくなりました。そのことから,島の外から泳いで入ってきたシカの影響ではないかと考えられました(この島は本土との距離が短く,シカが泳いで渡っていることも目撃されています)。シカの角は英語ではantler「枝角」を意味し,ウシのようなhorn 「角」とは区別されます。従って,世界各地のシカは枝角をつけています。また,日本でも,縄文時代に狩猟されたシカは枝角を付けていました。
 国東半島のシカに枝分かれがなかったということは,非常に考え難いです。もし,そのような角が残っていればとても貴重な資料となると思います。前述のような理由から,枝分かれの数が変化することについては充分に可能性があります。半島部に小さな集団が隔離されていて,枝分かれの少ない遺伝子をもっていた。そこに,シカの増加と分布拡大に伴って,枝分かれの多い遺伝子をもったシカが侵入し,彼らとの交配が進んで枝分かれが増えていったというような過程が考えられます。
 以前は群馬県にはシカが棲息している場所が少なく,そういうところではニホンカモシカのことを「シカ」と呼んでいました。ニホンカモシカはウシの仲間ですから,角は枝分かれがありません。近年,ニホンジカが分布を広げて,そのような地域にもニホンジカが見られるようになりました。そのような地域ではニホンジカのことを「ホンジカ」と呼んでいます。猟師さんの話ですから間違うことはないと思いますが,地域によっては動物の呼称に混乱を招く単語が使われていることがあります。
 もし本当に国東半島に枝分かれがない角のニホンジカが居たのなら,大変興味深いことだと思います。

麻布大学獣医学部動物応用科学科 野生動物学研究室
准教授 南 正人
(2016. 4.18 掲載)

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