The Japanese Society of Veterinary Science
 
Q&A > 獣医大学・獣医師免許について

Q:「白猫の現象」について研究したい。研究している大学がありますか?

将来獣医になりたいと考えている高校一年です。獣医学科のある大学が行っている研究について質問がありましたので、メールさせていただきました。私は、母が獣医看護師のため,今までたくさんの動物の患者の話をきくことがができました。
そのなかである日、白の優性遺伝子をもって生まれてくる猫には、生まれつきの視覚、聴覚障害などが出てしまう,という話を聞き、大学に入ってからはその原因をつきとめるための研究をしたいと考えています。

そこで質問なのですが、そういった研究をしている大学はありますか?国公立なら、海外でも構いません。真剣に考えています。どうかアドバイスをお願いいたします。

お答え
  1. 質問内容の整理
    まず、質問内容を整理させてもらいます。質問の中で「白の優性遺伝子をもって生まれてくる猫には、生まれつきの視覚、聴覚障害などが出てしまう」ということを書かれています。しかし、「白の優性遺伝子」とはとりあえず便宜的に付けられた名称であり、具体的に何の遺伝子を指しているのか限定的でなく、また「白い毛色」を決定しているのは複数の遺伝子である可能性も高いので、ここでは「白の遺伝子」ということではなく「白い毛色」ということで解釈させてもらいます。また、「猫」について議論しますが、犬や他の動物ではまた状況が異なってきますし、他の動物の似たような現象は必ずしも同じ原因に基づいていない可能性があるため、話が混乱しますので、ここは「猫」に限定させてもらいます。
     そうすると、まず「白い毛色の猫」は「視覚障害」とはあまり関連していません。推測するに、「白い毛色の猫」で「青い眼」つまり「青い虹彩(こうさい)」を持っている場合に「聴覚障害」つまり「難聴」であることが多い、という現象に基づいて質問されているだと理解しました。よくあることですが、おそらく情報の混乱があるようです。「視覚障害」という用語が出てきたのは、「青い虹彩(こうさい)」あるいは「犬のマール症候群」(ここではふれません)などのことがごっちゃになって伝えられているのかと思います。
     したがって、あなたの質問内容は「白い毛色と青い虹彩(こうさい)を有している猫は難聴であることが多い」(「難聴である」という断定は間違いです)ことが古くから知られているが、「この原因について研究している大学が国内あるいは海外の国公立大学であるか」という質問として回答します。

  2. 研究している場所について
     このユニークな「白猫の現象」については、今回回答することになった私が少し調べたことを後ほど書きますが、まずは本来のあなたの質問内容である「この原因について研究している大学」についてふれてみます。
     私は、(珍しくも)動物のいくつかの遺伝病について研究していますが(そのため、この質問の回答者に抜てきされました)、残念ながら、この「白猫の現象」については何もやっていません。今回回答するためにいろいろと勉強しなければならなかったことからもわかるように、このことについての専門的な知識すらも持っていませんでした。ただ、前述したように、「白い毛色と青い虹彩(こうさい)を有している猫は難聴であることが多い」という古典的な現象は私も子供の頃にテレビで見て知っていただけで、その原因が現在では解明されているのか解明されていないのか、また分かっていないとしてもどこまで明らかになっているのかなどは、全く無知でした。そこは正直に告白しておきます。したがって、私がこの質問に回答することができる適任者かどうかはかなり疑問ですが、とにかく一生懸命調べて回答していますので、その点だけはご理解下さい。
     私の知る限り、また、今回調べた限りでは、国内でこのことについて研究している獣医系大学はないと思います。ただし、この「難聴の猫」は「ヒトの難聴モデル」として古典的に聴覚学研究に利用されていますので、医学系の耳科学や聴覚学に関連する研究室では何らかの形で「この猫」を利用しているところがあるのかもしれませんが、論文のデータベース(PubMedという誰でも利用できるサイトです)でこのようなタイプの研究論文を調べても、最近の論文で日本人の論文は見あたりませんでした。したがって、ヒト難聴の原因について何かしら研究している国内の医学系大学は当然あると思いますが、おそらく「この猫」を使った研究機関は国内にはない可能性が高いと推測されます。
     一方、海外では、「この猫」を「モデル」として使った聴覚学研究に関する最新の研究論文がいくつか出ていました。内容は専門的過ぎて専門家でない私には理解できませんが、論文の出所を見ると、マサチューセッツ、ハーバード、ジョーンズホプキンス大学などの耳科学や聴覚学の研究施設や病院など(もちろん獣医系ではありません)、極めてレベルの高い研究機関でした。「ヒト難聴」はかなり重大なテーマですので、世界中の関連研究機関で研究されていると思います。つまり、「この猫」を「モデル」として利用する研究は、ヒトの難聴が抱えている重大な問題の解決に何らかの形で寄与するということです。したがって、「この猫の難聴」のメカニズムが解明されれば、相当に重大なことが明らかになってくるかもしれないと誰もが考えているということだと思います(私もそう思います)。ただし、これらの研究機関は、「この猫の原因」を解明しようとしているのではなく、「この猫」を利用してヒトの難聴のメカニズムやその治療法などを解明しようとしているのです。
     いずれにせよ、「この猫」の「原因」を解明しようとする研究は、ヒトの耳科学や聴覚学のテーマとしては非常に良いテーマだと思いますし、これを研究したいのであれば、それは本当にすばらしいことだと思います。しかし、研究は日進月歩でその進展は急速で日々変動します。あなたは現在高校1年生ですが、大学に入学する3年後には研究成果やその状況はかなり変わっていると思いますし、研究に携わることができるようになるさらに数年後を予測することは私にはできません。本当にこのことを研究したいのであれば、常にその動向を追うことが大事です。動向を追うためには、その研究成果を理解する科学的知識が必要です。その科学的知識を得るためには、まず高校の科目を理解することや、英語の論文を読解する英語力が必要となります。知識がなければ、何が科学的におもしろくて何がやり甲斐があることすらわからないのです。
     また、重大な研究では、ときどき研究していることさえ秘密にして、突然にその成果を公表することが良くあります。それはテーマが重大であればあるほど、競争原理がはたらくからです。つまり、仮に「この猫」のことを研究している機関があっても、それがどこなのか分からないこともあるということを知っておいて下さい。
     ここで、獣医学的な観点で「この白猫」のことを調査した研究もあり、少し古い2007年の論文にある種決定的なデータが出ていましたので紹介しておきます。研究していたのは、スイスのベルン大学やチューリッヒ大学の複数の研究室でした。遺伝学的な調査の結論は、「この現象は一つの遺伝子で制御されているのでなく、複数の遺伝子に関連している複雑な現象である」ということでした。ただ、彼らが、現在もこのことを研究しているのかどうかはわかりません。それ以降、連続して関連論文が出ていないので、もうこのテーマでは研究はしていない可能性もあると思います。複数の遺伝子が関連する複雑な現象であれば、当然、その解明は極めて難しいので、その原因解明はあきらめるということも十分にあると思います。
     最近の研究ではないですが、ついでに「この白猫の現象」の科学的なデータ(複数の論文に基づいており、説明するために大まかな数値に変更しています)を紹介しておきます。白い毛色の純血種猫の約50%が難聴でしたが、片測性難聴が12%で両測性難聴が38%でした。また、白い猫で、両眼が青い場合には65〜85%が難聴(片測および両測性難聴を含む)、片眼が青い場合には約40%が難聴、両眼とも青くない場合には約20%が難聴でした。他にもいくつかのデータがありますが、いずれにせよ、「白い毛色と青い虹彩を有している猫は難聴であることが多い(それでも6〜8割程度)」けれども、「例外もたくさんあり、原因は複数の遺伝子が関連しており、メカニズムは非常に複雑である」、ということが言えると思います。

     結論としては、あなたが研究に携わるときに「この猫」の研究を実施している機関を明示することは私にはできません(今、やっていそうなところは上記に示しました)。また、そのときに「この猫」が、どこまで解明されているのかも分かりません。しかし、このテーマは非常に難解であり、モデル疾患としても重要ですので、とてもやり甲斐のある研究テーマであることは確かです。
     ところで、あなたは質問の中で、「国公立なら、海外でも」と言っていました。しかし、本来国公立大学というのは、その地域の納税者を教育するためにあるので(獣医師もその国や地域のために必要な人材ですので、税金を投入して育成するのです)、納税していない地域の学生に受験資格さえ与えられない場合もあります(アメリカでは居住している州が異なるだけでも受験資格は異なります)。また、アメリカの獣医系州立大学の授業料は日本の大学よりもかなり高いと聞いています(すべてではないかもしれませんし、他の国はまた事情が異なります)。したがって、海外の大学の受験を考えるのであれば、個々の国(アメリカなら州)の個々の大学の詳細な条件を調べる必要があることをお伝えしておきます。

  3. 私が言いたかったこと
     上記に、あなたの質問にできるだけ正確に回答しました。ここまでに私が回答したことをあなたが本当に聞きたかったかどうかは私には分かりませんが、私は文字通りのあなたの質問に真摯に回答したつもりです。しかし、本当に私があなたに言いたかったのは次のようなことです。
     科学的に解明されていないことは無数にあり、解明の度合いも様々です。興味深いこと、社会的にためになること、その重要性や価値も様々です。まず、そのようなことを理解するためには、あらゆる知識が必要です。だからあらゆることを勉強して下さい。
     また、研究には非常に長い時間と地味で継続的な努力(本当は努力ではないですが)が必要です。ただそれが知りたいという体の中からわき出る情熱が必要です。誰かが褒めてくれるとか、お金儲けになるとか、そんなことよりはまず自分が知りたいと思えなければ続けることができません。また、他のことにわきめもふらず、その情熱を何年も何十年も燃やし続けるエネルギーが必要です。2〜3年思い続けただけでは大した成果になりません。他のことをあきらめても、そのことだけに情熱を燃やし続けることが必要です。実はそれは努力ではなく、そうしたいと自然に思えるのです。
     知りたいと思ったら自分で調べる姿勢も研究者には必要です。調べること自体がとても楽しいと思えることが大事です。もし調べて理解できなかった場合には、何が自分に足らないのかが分かります。それはごく一般的な遺伝学の知識かもしれませんし、英語がわからないだけかもしれません。そうすると、それを勉強しなければならないことに気が付きます。インターネットの情報には本当のこともあれば間違ったことも書かれています(まず間違いが含まれていると考えた方が妥当です)。知識がついてくると、何が正しくて何が間違っているのかも、少しずつ分かるようになってきます。もっと知識がつけば科学論文も読むことができるようになり、本当の意味で科学的なデータを評価することができるようになります。
     広い視野をもって、興味が出たことをいろいろと調べてみてはどうでしょうか。調べることが研究の第一歩なのです。

大和 修(鹿児島大学)

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