■お答え
わかりました。いくつかに分けてお答えいたします。
まず,動物の大きさと耐寒性について。
客観的,科学的なデータとしては,少々古いですが『ベルクマンの法則』と『アレンの法則』が有名です。
ベルクマンの法則はカール・ベルクマン(Carl Bergmann)が1847年に発表したものであり,「恒温動物においては,同じ種でも寒冷な地域に生息するものほど体重が大きく,近縁な種間では,大型の種ほど寒冷な地域に生息する」というものです。これは体温維持に関わって体重と体表面積の関係から生じるものです。例えばよく例に挙げられるものにアジア大陸のクマがあります。熱帯に分布するマレーグマは体長140 cmと最も小型で,日本からアジアの暖温帯に分布するツキノワグマは130-200 cm,温帯から寒帯に生息するヒグマは150-300 cmにも達します。また,日本国内のシカは北海道から屋久島まで分布しますが,北海道のエゾシカが最大であり,ヤクシカが最も小柄です。この現象の理由は体温保持との関わりで説明されます。恒温動物は常に体温を一定に保つために体内では常に熱を生産し,その熱は筋運動やさまざまな代謝によって生み出されます。他方,体表面からは熱が放出され,それを促進するためには発汗による気化熱が利用されます。したがって,体内での熱生産量はほぼ体重に比例し放熱量はおおよそ体表面積に比例します。つまり,体長に対して放熱量は体長の2乗に,熱生産量は体長の3乗に比例する。これは,体長が大きくなるにつれて体重当たりの体表面積は小さくなることを意味します。温暖な地域では体温を維持するためには,放熱を十分に行う必要があるから,体重当たりの体表面積は大きくなければならず,小型であるほうがよい。逆に寒冷な地域では,放熱は簡単でありむしろ体温を維持するためにはそれを抑える必要があり,そのためには大型であることが適応的なわけです。
類似の法則にアレンの法則があります。1877年にJ. A. アレン(J. A. Allen)が発表したもので,「恒温動物において,同じ種の個体,あるいは近縁のものでは寒冷な地域に生息するものほど,耳,吻,首,足,尾などの突出部が短くなる」というものです。これも体温維持に関するもので,このような体の突出部は体表面積を大きくして放熱量を増やす効果があります。温暖な地域ではそのような部分の拡大は放熱量を増やすことで体温維持を容易にすることになります。逆に,寒冷な地域ではその部分から体温を奪われると共に体温を維持するのが困難なため,凍傷になりやすいという問題点があります。例えばキツネ類では,アフリカから中東の砂漠地帯には,非常に耳の大きなフェネックが生息し,極地に生息するホッキョクギツネでは,耳が丸くて小さいことなどがその例です。あるいは最も寒冷な地域に生息するサルであるニホンザルが,近縁のものと比べても極端に短い尾を持つことも,その例に挙げられます。
この2つの法則は,ほぼ同じ理由による現象を述べたものであり,実際にはこの両方が同時に出現することが珍しくありません。例えばホッキョクグマはヒグマにはやや劣るものの巨大な体格を持ち,同時に耳は小さい。また,フェネックギツネは,小柄であって,同時に耳が大きい。
このように,野生動物に於いては大型,小型の動物の耐寒性には一定の関係(法則)が成り立つようです。あなたが感じている「小型犬は大型犬に比べて寒さに弱く,屋外で飼育することには向いていないと考えている」というのは,このような背景があるのではないでしょうか。ですから,ただのイメージに過ぎない,と言うことはなく,きちんとした科学的な背景があると言ってよいかと思います。
さて,問題は『イヌ』について上記の法則があてはまるか否かです。今日我々が接している多くの純血種と呼ばれる犬種は,そのほとんどが様々な既存の犬種の掛け合わせ(交配)から,長年の歳月をかけて作出されたものです。その中には,北方系,南方系の犬種との交配もあります。先の回答で,『獣医学的にみた場合,犬の耐寒耐暑能力や適応度は,一概に犬種だけでは決められず,個々の適応力も関係します』とお答えした背景がそこにあります。
私は一般的な犬種の耐寒性,耐暑性は『大きい,小さい』ではなく,その犬の遺伝的背景が大きな決め手になると考えています。すなわち,もともと寒い地方あるいは暑い地方で生まれた犬種であればそれぞれに対応できる資質を持っている,と考えて良いと思います。ですから,小さくても寒さに強いものもいれば,大きくても寒さに弱いものもいます。ダックスフントの歴史については多くの書籍で知ることができると思いますので詳細は割愛させて頂きますが,いわゆる,極寒や酷暑の地で生まれた犬種ではありません。しかし,通常の地域であれば寒さ暑さに対しては適応可能と思います。元々はドイツ原産と言われていますが,バセット・ハウンドと同じく,スイスのジュラ山岳地方のジュラ・ハウンドが祖先犬と言われ,ドイツやオーストリアの山岳地帯にいた中型ピンシェルとの交雑によって,今日の基礎犬が作られたと伝えられています(スムースヘアード種)。当時は体重10〜20 kgと大きかったようで,シュナウザーを配して,更に他のテリアによってワイヤーヘアード種ができました。また,ロングヘアード種は15世紀頃,スパニエルとの交雑によって作出されましたが,何処でなされたのかは定かではありません。穴熊の狩猟犬(ダックスフンド)と名付けられたように,ミニチュア・ダックスフンドはスタンダート・ダックスフンドが入ることのできない小さな穴に入って狩猟のできるように,小型のサイズに改良されたもので,その歴史はまだ浅いといえます。ダックスは林や森の中を走り回り,アナグマの巣を見つけると,吠えたて,時にはアナグマと戦う事もあります。小型犬であっても「猟犬」です。また,寒さに対しては,大きさよりも被毛の影響が大きいです。大型でもヘアレスドックのような場合は極端に寒さに弱く,対応してあげなくてはいけません。これはどのような動物にもあてはまります。また,ただ,被毛が生えていればよいのではなく,冬毛,と言われるように季節に応じて密生した保温性の高い被毛が生える等の対応が各動物によってなされます。
もう一つの問題として,室内あるいは屋外で飼うかによるその犬の健康,寿命の問題について。
これらは,食事,健康管理によって大きく左右されますので一概に言えない,かなり難しい問題かと思います。ただ,個人的には犬種によって自立心の強いものと家族制を重視する犬種とがあります。日本犬は一般的に大変自立心が強く,外飼いでも全く問題がありませんが(むしろ,外の方がよい),ゴールデンリトリバーなど大型犬であっても,家族と一緒にいないと寂しがる犬種もいます。イヌは集団生活をし,序列社会で生きる動物です。大変デリケートであり,時にこれらが崩れることからのストレスで病気にもなります。ですから,心の健康面から考えてもその犬種の性質が関係してきます。また,寄生虫感染も含め病原微生物による感染症の影響は屋外飼育の場合,屋内飼育に比べて格段に高くなりますので,ワクチン接種や日常の健康管理面で屋内飼育以上に手をかけてあげなくてはいけないと思います。
神戸大学農学部応用動物学科形態機能学教室
星 信彦
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