人獣共通感染症 第61回
クロイツフェルト・ヤコブ病と血液製剤での最近の動向


霊長類フォーラム:人獣共通感染症(第61回)4/13/98

 牛海綿状脳症(BSE)が肉骨粉を介してのスクレイピーの経口感染によることが推測されたことから、牛や羊などの反芻動物の餌に反芻動物の肉骨粉を加えることを禁止したのはBSEの発生が確認された2年後の1988年でした。しかし病原体が含まれている脳と脊髄を除く、いわゆる食肉規制が実施されたのは、その1年後の1989年でした。人への安全対策が牛への対策よりも遅れたことが英国では問題になっています。

 牛への感染源が絶たれたことからBSEの発生は予測通り減少してきています。ピーク時の1992年の発生数は37、487頭であったのが1995年は13、825頭、1996年は7、406頭、1997年は3、980頭でした。21世紀はじめにはほとんど発生がなくなることも確かなようです。しかし、BSE感染によることがほぼ確実とみなされる新型クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)が、深刻な問題になってきています。英国での新型CJDの患者は最近1人が新たに報告されて現在、24名になりました。今後どれくらいの数の患者が出るのかはまったく分かりません。オックスフォード大学のロイ・アンダーソン教授は、食肉規制が実施されるまでに44万6000頭、さらに食肉規制が厳密に実施されるようになった1995年末までに28万3000頭、合計73万頭近い数のBSE牛が食用にまわされたと推定しています。牛でのBSEの発生率は3%くらいですが、人での発生率は不明です。最悪のシナリオでは、かなりの数の潜伏期中の人が存在している可能性も否定できません。一方で、医療行為で感染するCJDへの関心も高まっています。マスコミの報道でご承知と思いますが日本では硬膜移植による疑いのあるCJD患者が54名見いだされて大きな問題になっています。

 CJDに関連して提起されている大変むずかしい問題は血液製剤の安全性です。血液製剤の原料となった血液のなかにCJD患者のものが含まれていたことがわかって、その血液製剤が回収される事態が日本でも起きています。この問題に関して最近、英国と米国で新しい動きがありましたので、ご紹介します。

 まず、英国での動きですが、これは以前に本講座(第57回)でご紹介したように英国の新型CJDがBSE病原体(BSEプリオン)で起こされたことを示す疫学的所見とマウスでの実験結果が明らかになったことがきっかけとなりました。

 英国では昨年11月に、血液の提供者が新型CJDを発症したために血液製剤が3回にわたって回収される事態が起こりました。これがきっかけで、今年の2月末に英国政府は、血液からCJDが伝播されることは理論的危険性ではあるものの、安全対策として、英国の血液製剤の製造用に外国から血漿を輸入することを許可しました。

 たしかに血液製剤からのCJD伝播は理論的危険性であって、証拠はありません。しかし新型CJDには古典的CJD(通常の散発型CJD)と異なる側面があります。それは新型CJD患者では扁桃に異常プリオン蛋白(プリオン)が検出されることです。古典的CJDではみつかっていません。これは生前に扁桃の検査で新型CJDの診断ができるという利点につながりますが、扁桃がリンパ組織の1つということを考えると、リンパ系の細胞にプリオンが蓄積して血液中を流れる可能性も示唆しています。すなわち新型JDでは血液にプリオンが汚染している可能性が高いと推測されるわけです。英国に潜伏期中の新型CJD患者がどれくらい居るのかわからない状態を考慮して、とられた安全対策ということになります。

 次にご紹介するのは米国での動きです。これは新型CJDではなく、古典的CJDの血液製剤汚染の可能性に関連したものです。血液製剤のCJD汚染の問題はCDCで検討されています。その責任者はウイルス・リケッチア部門のラリー・ショーンバーガーLawren ce Schonbergerです。この部門は本講座にもしばしば登場するブライアン・マーヒーが部門長Dをつとめており、ショーンバーガーは副部門長です。前回講座でもちょっと触れたCDC主催のエマージング感染症シンポジウム(3月9ー11日)に出席した際にブライアン・マーヒーと血液製剤の安全性のことも話していたのですが、ショーンバーガーがポスターセッションに新しい方針を報告していることを教えてくれましたのでショーンバーガーから詳しく話しを聞きました。

 その内容を簡単にまとめてみます。米国では血液提供者にCJD患者、硬膜移植や成長ホルモン投与を受けた人が含まれていたという理由で昨年は約30回、血液製剤が回収されています。そのために血液製剤の不足が大きな問題になってきました。そこで今年の1月に保健省の血液製剤安全諮問委員会が食品医薬品局、製薬会社、および消費者グループに対して勧告を出したのですが、その内容は、血液製剤の不足を引き起こすことを防ぐために、理論的危険性にもとずいて実施しているCJDドナー由来の血液製剤の回収の内部方針を、少なくとも1年間緩和するというものです。

 この勧告の根拠は次の7点です。(1)血液中にCJDが検出されたというはっきりした証拠はない。(2)疫学的データで血液製剤からの感染を示した例はない。(3)患者対照試験でCJD患者63名中輸血を受けた人は10%、病院の対照患者63名では14%であって、輸血はCJDの危険因子になっていない。(4)1995年のアメリカ赤十字とCDCの調査で、15名のCJDドナー由来の血液製剤を投与された196名の中で、CJDになった人はいない。この調査については私は1996年、イスラエルでの国際ウイルス学会でショーンバーガーから聞いており、その内容は小野寺先生と共著の「プリオン病」の55ページで紹介しています。(5)1994年にドイツで行われた調査で、CJD由来の血液製剤の投与が判明している27名と、その可能性のある人が8名見つかっているが、これらの人でCJDになった人はいない。(6)血友病患者は全米で17000人いて、そのうちの1200人が血友病治療センターにかかっている。このセンターでモニタリングを行った120名以上でCJD患者はでていない。(7)全米の死亡サーベイランスで1979年から1995年にかけて3904名のCJDがCDCに報告されたが、このうちで血友病患者はひとりもいない。また5ー19才の若い人でのCJDはこの17年間出ていない。

 このような現実的な対応にはかなり反対意見もあるようで、実際に諮問委員会では賛成者9人に対して反対者5人で決定されたそうです。この勧告にもとずいて食品医薬品局がどのような具体的方針を出すのかは分かりません。ポスターセッションではホワイトハウスから来たという人も熱心に説明を受けていました。

Kazuya Yamanouchi (山内一也)


連続講座:人獣共通感染症