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連続講座

霊長類フォーラム:人獣共通感染症(第168回)03/12/2005

SARSコロナウイルスとエボラウイルスの自然宿主

もっとも典型的なエマージングウイルスであるSARSコロナウイルスとエボラウイルスの自然宿主について、あいついで報告が出ました。最初はSARSコロナウイルスについて今年の9月から10月にかけて2つの研究所から発表されました。ついで12月にはエボラウイルスについて報告されました。両ウイルスの自然宿主はいずれもコウモリでした。

  1. SARSコロナウイルス
     SARSコロナウイルスは中国の動物市場でハクビシンとタヌキから分離もしくはポリメラーゼ・チェーン反応(PCR)で検出されています。しかし、これらは自然宿主ではなく、動物市場で未知の自然宿主から感染を受けたと考えられています。私は2003年11月12日にバンコクで開かれた国際獣医診断学会で、オーストラリ・ジーロンにあるオーストラリア動物衛生研究所(Australian Animal Health Laboratory)のリーファ・ワン(Li-Fa Wang)のSARSに関する講演を聞きましたが、その際、彼はハクビシン、タヌキ、オオコウモリ、アカゲザル、蛇、飼い猫、飼い犬でウイルスが分離もしくはPCR陽性という成績を紹介した上で、ハクビシンは中国語で菓子狸であり、オオコウモリと同じ生息域に分布し、どちらも果物を餌としていることから、とくに注目していると述べていました。
     実際に彼はコウモリを候補としてオオコウモリを含む6種類のコウモリで調査を行った結果、キクガシラコウモリが自然宿主であるという論文を9月のサイエンス誌オンライン版に発表したのです (Wendong Li, Lin-Fa Wangら、Science 310, 676, 2005)。なお、キクガシラコウモリは果物を餌とするオオコウモリ属ではなく、昆虫を餌とする種類です。
     調べられたのは、ルーセットオオコウモリ属、コバナフルーツ属、ホオヒゲコウモリ属、キクガシラコウモリ属、ヤマコウモリ属、ユビナガコウモリ属の6属でしたが、そのうち、キクガシラ属の3種でSARSコロナウイルスに対して高いレベルの抗体が検出されました。その内訳は、ピアソンキクガシラコウモリ(Rhinolophus pearsoni)で46匹中13匹、チビキクガシラコウモリ(R. pusillus)で6匹中2匹、オオミミキクガシラコウモリ(R. macrotis)で7匹中5匹でした。5匹のキクガシラコウモリの糞便ではPCRによりウイルス遺伝子が検出されました。全遺伝子の配列はSARSコロナウイルスとほとんど同じでした。
     同様の成績は香港大学のラウ(S. K. Lau)により同じ時期に発表されました(Lau, S.Kら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 14040, 2005)。彼らは59匹のキクガシラコウモリ(Rhinolophus sinicus)の肛門ぬぐい液のうち23匹でPCRによりSARSコロナウイルスの遺伝子を検出したのです。
     こうして、二つのグループからキクガシラコウモリが自然宿主であることが確かめられました。

  2. エボラウイルスの自然宿主
     1976年にザイールとスーダンでエボラ出血熱が発生して以来、約10年間にわたってエボラウイルスの自然宿主探しが続けられてきました。その一部は本講座第4回(1995年6月1日)、第14回(1995年8月21日)、第92回(2000年1月29日)でとりあげ、第92回では、コウモリ説も簡単にご紹介しました。
     今回、12月1日発行のNature誌(Vol. 438, page 575)に短報として、ガボンのフランスビル・国際医学研究センター (Centre Internationale de Recherches Medicales de Franceville)のエリック・ルロイ(Eric M. Leroy)らがエボラウイルスの宿主としてのオオコウモリという論文を発表しました。その内容は以下のとおりです。
     2001年から2003年にかけてガボンとコンゴ共和国(旧ザイール)で人と類人猿(ゴリラ、チンパンジー)でエボラウイルス感染が発生しました。そこで、ゴリラとチンパンジーの死体が見いだされた地域で1,030の動物が捕獲され、その中には679匹のコウモリ、222羽の鳥、129匹の小型脊椎動物が含まれていました。
     それらのうち、エボラウイルスに特異的な抗体(IgG)が3種類のコウモリで見いだされました。その内訳は、ウマヅラコウモリ(Hypsignathus monstrosus;ガンビアからスーダン南西部、ザイール、アンゴラ北部に生息)17匹中4匹、フランケオナシケンショウコウモリ(Epomops franqueti;コートジボアールからスーダン南西部、アンゴラに生息)で117匹中8匹、クビワフルーツコウモリ(シエラレオネからアンゴラ、ザンビアに生息)で58匹中4匹でした。
     エボラウイルスに特異的なヌクレオチド配列は肝臓と脾臓でPCRにより見いだされました(ウマヅラコウモリ21匹中4匹、フランケオナシケンショウコウモリ117匹中5匹、クビワフルーツコウモリ141匹中4匹)。
     おどろくべきことに、抗体陽性のコウモリはすべてPCR陰性でした。著者らはPCR陽性のコウモリは感染直後で、まだ抗体が出現する前に検査されたものと推定しています。
     現地の人たちはオオコウモリを食用にしているので、教育が人への感染防止に役立つと最後に述べられています。
     エボラウイルスはマールブルグウイルスと非常に近縁であって、ともにフィロウイルス科に分類されています。マールブルグウイルスでも1987年にはケニアのエルゴン山のふもとのキタム洞窟でコウモリなどの動物についての大がかりな調査が行われましたが、この際にはウイルス感染の証拠は見いだされませんでした。しかし、今回のエボラウイルスの成績からマールブルグウイルスでもオオコウモリがかかわっている可能性が浮上してきたわけです。
     
  3. 自然宿主としてのコウモリ
     アメリカ大陸ではコウモリが狂犬病ウイルスの重要な自然宿主です。オオコウモリではオーストラリアのヘンドラウイルスとコウモリリッサウイルス、マレーシアのニパウイルスと、いずれも人に致死的感染を起こすウイルスの自然宿主です。コウモリは、新たにSARSコロナウイルスとエボラウイルスの自然宿主であることが明らかにされました。おそらく、マールブルグウイルスの自然宿主にもなっているものと考えられます。
     コウモリは寿命が5−50年と、ほとんどの小型のほ乳類よりもはるかに長いので、ウイルスが存続するには適しているとみなされます。コウモリは集合して生活するのでウイルスは容易に広がります。洞窟ではいくつもの種類のコウモリが生活するため、異なる種類のコウモリにウイルスが広がる可能性もあります。また、1日に20キロメートルも飛び回るものもあります。ウイルスの運び屋になる可能性もあるわけです。
     ウイルスの自然宿主としてのコウモリは、これからますます注目されていくものと思われます。