ハンタウイルス感染症

有川 二郎(北海道大学大学院医学研究科附属動物実験施設)

疾患名
 ハンタウイルスは人に急性かつ高熱を特徴とする疾患を引き起こす。それらは、症状の特徴から腎症候性出血熱(HFRS)とハンタウイルス肺症候群(HPS)と呼ばれ、両疾患を合わせてハンタウイルス感染症と総称する。HFRSは世界各地で風土病として古くから存在が知られ、それぞれの流行地毎に様々な名前(韓国:韓国出血熱、中国:流行性出血熱、北欧:流行性腎症)で呼ばれていたが、1982年、WHOの国際研究集会で、HFRSと統一して呼称するよう決定された。ハンタウイルス肺症候群(HPSは、発症後急速に呼吸困難を起こして高い死亡率(当初は50%以上)を示す急性の熱性疾患として、1993年、米国南西部の砂漠地帯で突然出現した。

病原体
 ハンタウイルスはブニヤウイルス科に分類されるRNAウイルスで、ウイルス粒子の形は正確な球形ではなく、直径100-120nm(ナノメートル)でシャボン玉のような多形性を示す。様々な種類のネズミが自然界では自然宿主となっているが、感染げっ歯類は全く病気を起こさないが終生持続感染し、糞尿や唾液中にウイルスを排泄する。それらの飛沫が感染源となって他のネズミや人に呼吸器感染若しくは経皮(咬傷)感染を起こす。これまでの流行状況から人から人への感染は一般には起こらないと考えられている。(図1.ハンタウイルスの一種、Sin Nombre ウイルスの電子顕微鏡写真。米国疾病管理センターCDC 提供)


図1

疫学
 ハンタウイルスは現在、少なくとも23の血清型若しくは遺伝子型に分類されている。特徴的な点は、それぞれの型ごとに特有の種類のネズミが自然宿主となっていることである。そのうち、4種類がHFRS原因ウイルスであり、ドブネズミ、ヤチネズミ、セスジネズミ等が自然宿主となる。また、6種類がHPS原因ウイルスとして確認されシカネズミやコメネズミ等が自然宿主である。ウイルスの遺伝子とそれら宿主げっ歯類遺伝子の塩基配列をもとにそれぞれの進化系統樹を描くとそのパターンが互いに一致する。すなわち、現在のげっ歯類の祖先は数千万年前に出現したと考えられることから、ハンタウイルスはげっ歯類の祖先に感染し、以後、げっ歯類と共に分化していったと考えられている。そのため、ウイルスの分布や流行の発生地は自然宿主ネズミの生息地域と一致し、HFRSウイルスはユーラシア大陸全域に生息するネズミを宿主とするため発生はユーラシア大陸を中心に発生し、HPSの原因ウイルスは南北アメリカ大陸にのみ生息する野生げっ歯類を自然宿主とすることから、HPSは両大陸でのみ発生している。(図2.ハンタウイルスの伝播経路。化学療法の領域、17巻 2001年より引用)



図2

感染した人あるいは動物の症状・病変
 両疾患ともに発症初期には発熱、頭痛、腹痛、嘔吐、筋肉痛等のインフルエンザに類似した症状を示すが、その後の症状は両者で大きく相違する、HFRSでは蛋白尿や乏尿などの腎臓の機能障害と皮膚の皮下出血や重症例ではショックによって死亡する。軽症例では一過性の発熱と頭痛のみで快復する。死亡率は適切に対処療法がなされなかった場合10%程度になる。また、HPSでは発熱と同時に咳が出始め、その後、胸腔中に浸出液が急速に貯留して呼吸困難とショックによって高い死亡率が報告されている(50%以上)。しかし、自然宿主であるげっ歯類は全く無症状で、病変は認められない。感染している雌ネズミも正常に妊娠し、繁殖する。

診断
 平成10年より施行されている感染症新法において、HFRSとHPSは、発生した場合、都道府県知事等への届出の義務のある四類感染症に分類されている。そのため、両疾患の診断基準として臨床的特徴や報告のために診断方法が厚生労働省から各地方公共団体に通知されている。実際には、臨床症状の特徴からハンタウイルス感染が疑われる旨医師より厚生労働省保健医療局等に伝えられた後、病原体、遺伝子もしくは抗体検査によって確定診断がなされる。各地方衛研等で確定診断に対応出来ない場合、国立感染症研究所が診断にあたる。

予防・治療
 感染しているネズミが感染源で人から人への伝染は起こらないことから、ネズミ対策が予防法としては重要。残飯や食料にネズミが集まることがないように、ふたの出来る容器に収納する。また、野外から進入出来ないよう住居の補修をする。ワクチンはHFRSに対して韓国と中国で市販されているいるが、我が国では用いられていない。治療法は対処療法による。

外国の発生状況
 HFRSの最大の流行国は中国で年間10万人程度の症例が報告されている。韓国では年間数百人、ヨーロッパ全域から極東ロシアにかけて年間数千例の発生があるものと推察されている。HPSは1993年の発生以後、現在まで南北アメリカ大陸でのみ発生が報告され、米国では2002年4月時点において31州から313例(死亡率37%)がまたカナダでも発生が報告さている。南アメリカではアルゼンチン、チリ、ボリビア、ブラジル、パナマ、パラグアイ、ウルグアイか合計250例以上(死亡率40%以上)が報告されている。

我が国の発生状況、進入の可能性
 我が国ではこれまでHFRSの発生のみが報告されている。1960年代にドブネズミを感染源とする都市型流行により119例(2例死亡)が報告され、その後1970-80年代には実験用ラットを感染源とする実験室型流行によって全国21施設で合計126例(1例死亡)が報告されている。その後、1984年以降、患者発生の報告はない。しかし、我が国の主要な港湾地区のほとんどでHFRSの原因ハンタウイルスが感染しているドブネズミの生息が確認されている。また、北海道ではほぼ全域から感染エゾヤチネズミが発見されている。全国の人を対象にした血清調査の結果、埋め立て地や野外での作業従事者に抗体陽性例が散見されることから、げっ歯類を感染源とする未診断の軽症例が現在でも我が国に存在している可能性がある。ドブネズミが自然宿主となる型のハンタウイルスは世界各国で分離されたウイルス間で互いに類似性が高いことから、比較的近年になって、感染ドブネズミが船舶によって世界各地に分散したことが類推されている。しかし、乗組員が航海中に感染して発症した例はHFRS,とHPSのいずれにおいてもこれまで報告がなく、たとえ流行国経由の船舶であっても乗船したことによって感染する可能性はきわめて低いと考えられる。また、HPS原因ウイルスの自然宿主であるネズミは気候等の影響で我が国には土着しえないと考えられ、本症が我が国で発生する可能性は低いと考えられる。

危機管理に関する提言
 本症は我が国では近年発生がない疾患であるため、類似疾患を認めた場合、国立感染症研究所等の専門機関への迅速な情報提供が求められる。下記の米国疾病センター(CDC)のホームページも参照されたい。

http://www.cdc.gov/ncidod/diseases/hanta/hps/