ウエストナイル熱

高島 郁夫(北海道大学大学院獣医学研究科)

  1. はじめに
    1999年8月にウエストナイル熱ウイルスがアメリカ大陸でははじめてニュヨーク市に出現し、7名の死者が記録された。人の患者発生と平行してカラス等の鳥類の死亡が観察され、さらに馬でも死亡例が記録された。本ウイルスの流行は2000年および2001年に南の州に広がり、さらに2002年には37州に拡大した。日本と米国の間の頻繁な交流を考えると日本への侵入の可能性が高い。ここではウエストナイル熱のアメリカでの流行につき概説し、日本での防疫の必要性につきふれる。

  2. ウエストナイル熱について
    ウイルス;ウエストナイル熱(WN)ウイルスはフラビウイルス科フラビウイルス属に属する。WNウイルスは血清学的に日本脳炎(JE)ウイルス群に属し、この群には他に米国のセントルイス脳炎ウイルス、オーストラリアのクンジンウイルスおよびマレーバレー脳炎ウイルスが含まれる。

    感染環;主要な感染環は蚊と鳥の間で形成される。ウイルス増幅動物は鳥であり、イエカ(culex)類が多くの流行における主要な媒介蚊である。イエカ類に加えて多くの他の種類の蚊からウイルスが分離されており、米国では14種の蚊がウイルス陽性であった。

    疫 学;WNウイルスは1937年に初めてウガンダで分離され、その後アフリカ、中東、西アジア、オーストラリアの広範な地域で地方病として流行している。1951年から1957年にイスラエルで、1974年に南アフリカで数千名規模の流行が認められた。その後20年程大きな流行は見られなかったが、1994年より2000年にかけて、アルジェリア、モロッコ、ルーマニア、ツニジア、チェコ、コンゴ、イタリア、イスラエル、ロシア、フランスおよびアメリカで人と馬におけるWNの流行が起こった。

    臨床症状;人における症状は発熱、インフルエンザ様症状で始まり、頭痛、背痛、筋痛、関節痛、疲労、発疹、リンパ腺症が出現する。重症では急性化膿性脊髄炎、脳膜炎に移行する。

  3. 米国における流行
    1999年8月にニューヨーク市でWN脳炎の初発患者が発見されてから、62名の患者が報告され、59名が入院しウイルスが分離された。その内7名が死亡した。さらに多数のカラスが死亡し、ロングアイランドでは25頭の馬が脳炎を発症した。2000年にはWNウイルスは12の州に拡大し、21名の患者が発生し、2名が死亡した。さらに馬63頭が罹患した。2001年には流行は27州に拡大し、フロリダまで南下した。2001年の患者は66名でその内8名が死亡した。馬では731頭が発症した。2002年には35州に流行が拡大し、2,677名の患者が報告され、137名が死亡した。米国における人の致死例は50歳以上が多かった。致死率は10%とされている。Culex pipiens(アカイエカ)の他に13種の蚊からウイルスが分離されている。鳥類ではカラス、ブルージェイ、スズメ、タカ、ハト等からウイルスが分離されている。さらに輸血を介したWNウイルスの人への感染例が報告された。アメリカへの侵入の経路としては、
     1) 感染した人、
     2) 人が感染した脊椎動物を持ち込んだ、
     3) 人が媒介蚊を運んだ(飛行機など)、
     4) 鳥が嵐で飛ばされた、
     5) 意図的に持ち込まれた(テロリストなど)
    が考えられているが結論は得られていない。

  4. 日本への侵入の可能性と対策
    WNウイルスが1999年にアメリカ大陸としては初めてニューヨーク市で流行が確認された。その後2002年までに全米各州へ流行が拡大した。WNウイルスはアカイエカを主要な媒介蚊として、カラス、スズメ等の鳥類を増幅動物とする。アカイエカおよびカラスやスズメ等の野鳥は日本の都市に多数生息しているため流行のための感染環への因子は存在する。さらに日本と米国との頻繁な人と物の交流を考えると日本への侵入の可能性が懸念されている。そのため日本への侵入に備えたWNウイルス感染症の防疫対策が緊急の課題となっている。

  5. 参考文献
    Marfin, A.A. and Gubler, D. J. (2001) West Nile encephalitis : an emerging
    disease in the United States. Clin. Infect. Dis. 33: 1713-1719.

  高島 郁夫
  北海道大学大学院獣医学研究科公衆衛生学教室