The Japanese Society of Veterinary Science
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牛海綿状脳症(BSE)

連続講座(山内一也東京大学名誉教授)
現状と問題点
BSE公開講演会(H14.10.24)
「BSEと食の安全性」
   Gerald A.H.Well博士
「BSEの感染発病機序」
   小澤義博博士

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わが国への侵入/蔓延が危惧される動物由来感染症

1. 狂犬病
2. ・ニパウイルス感染症
 
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3. 西ナイル熱
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7. Bウイルス感染症
8. エボラ出血熱
9. ハンタウイルス感染症
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11. ボルナ病
12. オウム病
13. Q熱
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牛海綿状脳症(BSE)

J. Vet. Med. Sci. 65(1): J9-J15, 2003

牛海綿状脳症(BSE)の現状と問題点(その4)
アジアにおけるBSE対策の現状

国際獣疫事務局名誉顧問 小澤義博
神奈川県横浜市青葉区美しが丘2-30-3

  1. はじめに
     国際獣疫事務局(OIE)のパリ本部の要請で,アジアにおけるBSEのリスク管理の現状について調査を行なった.その詳しい報告はOIEのScientific and Technical Review(Vol. 22 (1), 2003)(1)に掲載されているが,本紙ではその概要を報告する.
     この調査は,2002年の4月に各国に質問状を送り,BSEその他の海綿状脳症に関するリスク対策の現状を調査したもので,8月までに16ヶ国(バングラデシュ,ブータン,カンボジア,香港,インド,日本,マレーシア,ミャンマー,ネパール,パキスタン,フィリピン,シンガポール,スリランカ,台湾,タイランド,ベトナム)から返答があった.少し遅れて,韓国からもレポートが寄せられた.中国からは正式な報告はなかったが,2000年に出版されたBSEのリスク分析と評価(2)を入手したので,その内容を分析した.
     アジアでは,BSEの発生国は,今の所日本のみであるが,欧州から大量の肉骨粉などの飼料を輸入した国も多く,BSE病原体を含む飼料が輸入国の牛に与えられた可能性は否定できない.そこで,これ迄にアジア各国で実施されてきたBSEのリスク管理の現状をまとめてみた.

  2. 輸入のリスク管理
    2.1 輸入によるリスク評価
     アジアでは,輸入により侵入するBSEのリスク分析を何らかの形で行なっていた国は,インド,パキスタン,日本,台湾,タイランド及びベトナムの6ヶ国くらいで,それ以外の10ヶ国では全く行なわれていなかった.その主な原因は,リスク分析の出来る専門家がいないことと,それに必要な国内・外の疫学的データの不足が挙げられる.将来,疫学とリスク分析に関連した訓練に力を注ぐ必要がある.

    2.2 BSE発生国からの動物の輸入
     BSE感染国から牛を輸入してしまった国は少ない.バングラデシュがスペインから輸入した牛が150頭,インドがドイツ,スペイン,デンマークとイスラエルから輸入した牛,日本が英国から1982年,1987年及び1988年に輸入した牛33頭と,ドイツから1993年に輸入した16頭,フィリピンがブルガリアから1997年に輸入した水牛が300頭あったが,今日迄の所,これらの輸入動物にBSEが発生したという報告はない.中国はオーストラリアやカナダ等の国から2,863頭の牛を輸入したが,BSE発生国から牛を輸入したことはない.
     これらの報告は,輸入された牛のすべてを網羅しているとはいえないが,BSEの発生国からの輸入は比較的少なく,それが今日迄の所,輸入動物にBSEが発生しなかった理由と考えられる.牛や水牛の欧州からの輸入は今日では停止状態にあると考えられる.

    2.3 反芻獣由来の製品の輸入
     反芻獣由来の肉骨粉(MBM),骨粉(BM),肉粉(MM),獣脂(G)及びこれらの混合飼料などの副産物は,BSEの病原体を含む可能性のあるものと考えられている.アジアの国々の中には,これらの副産物を欧州から全く輸入したことのない国(ブータン,カンボジア,ミャンマー,ネパール)と,香港,マレーシア,日本,パキスタンやタイランドのように欧州から,かなりの量の副産物を飼料として輸入していた国(表1)がある.しかしながら,Eurostatのデータ(3)によると,アジアのその他の国々,例えばスリランカ,インドネシア,フィリピンや台湾などには,それぞれ10,852;306,245;15,592;7,850トンの副産物が1988年から2000年の間に輸出されていたというデータがあり,輸出国(EU諸国)と輸入国のデータの間に大きな差があることがわかる.
     また,獣医行政当局の提出したデータには,シンガポールや香港などの国際港を経由して転送された肉骨粉などが,必ずしもすべて含まれていない場合があるものと考えられる.これらのことも含めて考えると,欧州からアジアにはかなり大量の反芻獣由来の飼料が輸出されて来ており,その中にはBSE病原体の混入した飼料も含まれていたものと考えられる.

    2.4 反芻獣由来の副産物の輸入禁止
     これらの副産物の輸入禁止令は表2に示されているように,異なる時期に異なる国からの輸入が禁止されている.その時期は,英国以外は,輸出国がBSEの発生をOIEに報告した後に禁止令が出されているが,それらの輸入国の飼料はBSEが発見された数年前からすでに汚染されていたものと考えられるので,その間にBSE病原体は既に侵入してしまった可能性が考えられる.
     一方,ブータンやカンボジア,ミャンマー及びネパール等では,欧州産の飼料は高価で輸送費もかかるので,輸入は考えられなかった.
     注目すべき点は,バングラデシュと香港は,今日でもBSEに感染した国からの肉骨粉やその他の副産物の輸入が禁止されていないので,今でもBSEに汚染されている危険物の輸出入が可能であることである.これは,アジアの畜産にとって,特に注意すべき問題である.

  3. 各国のBSE対策
     アジア各国のBSEに対する予防もしくは撲滅対策は,国により大きく異なり,一方では高度の対策を打っている国から,他方では初歩的な対策も打てずにいる国までまちまちである.そこで,次の5点について,各国の対策を調査してみた.
    a)BSEに関する市民教育と緊急対応計画の有無
    b)反芻獣由来の副産物の使用禁止状況
    c)反芻獣の臓器や屠体の精製
    d)BSEの監視システム
    e)BSEやその他の海綿状脳症の診断サービス

    3.1 市民教育プログラムと緊急対応計画
     アジアの大多数の国におけるBSEに関する市民教育は,マスメディアの番組,インターネットシステムを通じての教育,講演会や会議での討議などによって行なわれているが,それらを総合的に行なっている国は少ない.また,組織だった市民教育を全く行なっていない国も多い(バングラデシュ,ブータン,カンボジア,香港,ミャンマーなど).獣医師や行政関係者の教育だけでなく,農民や一般市民の為の教育プログラムを情報の専門家を含めて作る必要がある.
     一方,BSEが発生した場合の緊急対応計画は,バングラデシュ,ブータン,ネパール,スリランカ以外の国は持っていると言っているが,果たしてどの程度のプランなのか,その内容は分からない.また,例え緊急対応計画は作ってあったとしても,その計画が実際にBSEが発生した時に役に立つのか否かを模擬訓練でテストしたことがあるのか疑問が残る.

    3.2 反芻獣由来の飼料の反芻獣への使用禁止
     反芻獣由来の蛋白飼料の反芻獣への使用禁止令は,次の国で実施されている:インド(1999年),日本(2001年),シンガポール(1997年),台湾(1997年),タイランド(1998年),ベトナム(1998年).フィリピンでは,水牛も含めた反芻獣のみならず,豚,鶏,魚,ペットに対しても,反芻獣由来の飼料の使用を2000年に禁止している.台湾では,肉骨粉の反芻獣への使用を1997年に禁止し,2001年からは魚粉以外の動物性蛋白を飼料として使用することを禁止した.しかし,多くの東南アジア諸国では,反芻獣由来の蛋白飼料が鶏や豚に与えられ続けてきたので,同一農場に牛や水牛が飼育されていた農場では,これらの反芻獣にも少量の飼料の汚染は避けられない.また,鶏や豚の飼料撹拌工場と同じ機械で牛の飼料を調合した場合には,少量ながら交差汚染が起こる可能性も考えられる.
     一方,香港では,未だに輸入飼料の使用は禁止されておらず,農民に対してBSEの発生国から輸入された飼料は使用しないよう警告しているだけである.従って,輸入された肉骨粉は,今でも豚と鶏用として使われている.また,マレーシアでは肉骨粉は鶏のみに使われ,反芻獣にはシュロの実の絞り粕を飼料に加えている.

    3.3 反芻獣副産物のレンダリング(精製)
     バングラデシュ,ブータン,カンボジア,マレーシア,ネパール,フィリピン,シンガポール及びベトナムには化成工場はない.しかし,アジアでは化成工場とは主として肉の残渣精製工場を意味し,骨の精製工場を含まない国があるので注意する必要がある.アジアの化成工場の現状は表3にまとめてある.
     香港では,豚は化成工場で処理されるが,その他の動物は埋却場に送られている.インドでは死亡獣は主として,肥料,セラミック,ゼラチンの製造に使われている.日本には21の化成工場があり,約320,000トンの牛,704,000トンの豚,576,000トンの鶏が処理されている.パキスタンでは,約8,000トンの反芻獣が化成工場で処理されているが,死亡獣は焼却もしくは埋却されている.スリランカでは,鶏のみが処理されている.また,台湾には,5ヶ所に化成工場があり,牛,豚,鶏,緬山羊が精製されているが,133°C/20分/3気圧の熱処理が行なわれている.タイランドでは鶏の処理と,肥料用の骨粉を製造しているが,肉骨粉や肉粉用の化成工場はない.
     これらのアジアの化成工場で,国内に発生したBSEの感染動物がリサイクルされた可能性は少ないが,完全に否定することは出来ない.特に,中国,インド,日本,パキスタン,台湾などでは,その可能性を厳密に再調査する必要性がある.

  4. 監視体制
    4.1 BSE及びスクレイピーの報告義務
     バングラデシュ,ブータン,カンボジア,香港,ミャンマー,ネパール等では,未だにBSEの報告義務が課せられていないので,例えBSEが発生しても,他の病名で報告されるであろう.従って,当然のことながら,BSEケースに対する補償金も出ない.まず,これらの国々でもBSEの監視を行なうようにすることから始める必要がある.
     その他の国ではBSEの監視体制が敷かれているが,BSEの疑いのあるケースに対する国の補償金が出るのは,日本,台湾とタイランドだけである.
     一方,羊,山羊のスクレイピーの監視は,中国,インド,日本,ミャンマー,パキスタンと台湾で行なわれているが,他の国々ではスクレイピーに関しては,何の調査も行なわれていない.

    4.2 BSEの診断能力
     バングラデシュ,ブータン,カンボジア,ミャンマー,ネパール,ベトナム等の多くの国々では,未だにBSEを診断する能力を有していない.その他の国々においても診断能力には大きな開きがあり,多くの国で目下,診断技術の改善中である.
     例えば,インド,マレーシア,フィリピン,シンガポール,スリランカでは,病理学的診断が中心であるが,タイランドでは1993年から免疫組織化学法を使ってきている.一方,日本,パキスタン,台湾及び韓国では,ELISA法Western Blot法,免疫組織化学法の組み合わせで診断を行なっている.これらの国々には,BSEの診断センターが設立されている.また,中国でも,BSEの診断センターが北京と青島に設立されており,各省で集められたサンプルを検査している.
     しかし,実際の検査した材料の数は,表4に示してあるように,日本以外の国では極めて少なく,国全体のBSE状況を把握しているとはいい難い.
     この実状を打開する為には,先ず,アジア各国の診断技術の改善の為の努力が必要であり,単に検査材料の数を増やすだけでなく,検査方法の信頼度の改善とスピード化と検査費用の削減が必要となる.発展途上国向けの新しい検査方法の開発も考慮する必要がある.
     すでに,OIEとFAOの協同で2002年にBSEの診断方法について講習会が開かれたが,これからは各国のBSE診断センターの専門家を個人的に指導し,必要な機械器具と資金の援助を行なってゆく必要がある.

  5. 韓国のBSE対策
     韓国は,豚コレラなどの発生で,質問状に対する返事が遅れたが,最近,次のような報告が送られてきたので紹介する.
     「韓国の農民は,伝統的に草,牧草,穀物などを家畜に与える習慣があり,一般に動物由来の蛋白や脂肪を与えることはしない.また,韓国は,英国,ポルトガル,スイス,リヒテンシュタイン,その他の欧州諸国から牛の精子や受精卵を輸入したことはない.
     一方,BSEに汚染されている可能性のある飼料の輸入は,次の順で禁止された.英国からは,1996年3月以後,オランダからは1997年3月以後,その他のEU諸国からは2000年12月以後,EUの近隣15ヶ国からは2001年1月以後,日本からは2001年9月以後,イスラエルからは2002年6月以後輸入が禁止され,その旨,関係国とWTOに通知した.更に,アメリカ,カナダ,ニュージーランド,オーストラリアから肉骨粉や動物性蛋白や獣脂を含む飼料を輸入する場合には,それらの原料の生産国の証明書を請求している.また,欧州の多くの国でBSEが次々に検出され出した2000年の12月からは,肉骨粉や骨粉を含む飼料の使用を禁止し,2001年1月からは,反芻獣に残飯を与えることも禁止した.韓国で精製された肉骨粉や肉粉や血粉は,豚と鶏とペット用に使用された.
     BSEの監視計画は1996年に始まり,このプログラムは獣医研究検疫局(NVRQS)と各地域の獣医行政局と協力して実施されてきた.1997年からはBSEは報告を義務付けられ,中枢神経系の症状を示す全ての牛は,BSEについての診断検査が行なわれてきた.同時に,狂犬病を疑われている牛についても,BSEの検査を行なった.その他,TBやブルセラ病などによる緊急殺処分の牛や,起立不能牛,及び2歳齢以上の健康牛も無作為的に選んでBSEの検査を行なっている.
     BSEの診断方法は,脳標本をスパチュラを用いて取り出すか,脳全体を取り出して病理標本を作り,顕微鏡下で神経病変を証明するか,免疫組織化学法(IHC)で異状プリオンの蓄積を証明する方法が主に行なわれている.その他の診断方法として,ウエスタン・ブロット法,ELISA(Bio-Rad)法,電子顕微鏡によるSAFの検出などの方法も用いられている(4).これらの方法で,1996年以来,合計で5,039例の材料が検査されたが,すべて陰性であった.韓国には羊が少なく,羊のスクレイピーの報告例はない.
     韓国の農民や獣医師のBSEに関する知識を高め,BSEの届出を保証するために,定期的な教育及び訓練のプログラムが組まれている.1996年以来,各地域獣医局の獣医師を集め,BSEの臨床症状,診断材料の取り方,届出の手順などの訓練を行なった.また,牛の生産者に対しても,セミナーの開催やパンフレットの配布や,マスメディアによる教育を行なって来た.
     2002年の2月には,農林省とNVRQSと協同で海綿状脳症の標本マニュアル(SOP)が作られた.このマニュアルは,海綿状脳症の説明だけでなく,緊急の対応手段,関係当局者の責任と緊急対策などが含まれている.
     以上のことから,政府当局は,韓国はBSE清浄国であると考えている.」
     上記のレポートには,清浄国を証明する詳細なデータや,鹿の慢性消耗病に関する記述は添付されていなかった.

  6. 考  察
     パキスタン以東のアジアの農地は,西部の半乾燥地域から東部の灌漑地域まで,まちまちである.アジアの畜産は,種々の家畜を裏庭に飼うような小農家が大半を占めている.しかし過去20〜30年間に養鶏,養豚の大規模化が急激に増え,これらの農場では大量の飼料を必要とするようになった.羊や山羊は,乾燥した西部アジアでは多いが,雨の多い東部地域では少ない.
     一方,牛と水牛は,アジアでは伝統的に荷役用家畜として飼われてきたが,これらの肉は動物性蛋白の主な資源としては考えられてこなかった.しかし,アジア人の収入と生活水準が高まるにつれて,一部の国,特に都会での牛乳の消費が増え,最近になって大規模の酪農場も増えてきている.
     また,アジアにおける平均的農場経営システムは,一部の先進国もしくは地域を除けば,「低い投資で低い生産」が主体となっている.斯様な背景のアジアの開発途上国では,生産者も獣医師もBSEは最重要課題と考えておらず,むしろ家畜の伝染病,寄生虫病,栄養問題などに重きを置いている.
     南アジアや東南アジアの一部の国々では,宗教的もしくは文化的理由により,牛を殺したり,化成処理することを禁じている.従って,これらの国でのBSE病原体の飼料を通してのリサイクルの可能性は殆ど考えられない.一方,大量の反芻獣由来の飼料がアジアの多くの国に輸出され,養豚,養鶏場で消費されてきたことも事実で,これらの飼料が同じ農家の反芻獣に間違って与えられた可能性を完全に否定することは難しい.また,同じ飼料攪拌機やトラックを使った為の飼料の交差汚染も否定できない.
     ヨーロッパ連合(EU)の呼びかけに応じて,BSEのリスク評価を受けた国(3)は,アジアでは次の3ヶ国である.シンガポールは,BSEに感染の可能性の殆どない第1種の安全国で,インドとパキスタンは第2種(BSE感染の可能性は少ないが,完全には否定出来ない国)に分類されている.その他のアジアの国の分類は,BSE発生国の日本以外は,未だ手が付けられていない.これらの国のBSEのリスク評価を出来るだけ早く行なう必要がある.また,その支援をする必要もある.
     OIEの行なった質問状による調査は,アジアの国々のBSEのリスク管理の状況を調査する為であって,各国のリスクを評価する為のものではない.しかし,この調査で分かったことは,リスク評価を自力で出来る国はアジアでは極めて少なく,これからもリスク分析に関する訓練や支援を続けていく必要がある.
     欧州のBSE感染国から,アジアに向けての反芻獣由来の蛋白飼料の輸出は,バングラデシュと香港以外は禁止されている.しかしながら,これらの国々の禁止令は,欧州の感染国がBSE発生を報告してから発せられたもので,禁止された年の数年前から,その輸出国の飼料はすでに汚染されていた可能性がある.従って,禁止したから安全ということは出来ない.いずれにせよ,未だにバングラデシュと香港では,危険な飼料の出入りが可能であることを考慮して,これらのハブ港を経由して危険飼料が侵入しないように注意しなければならない.と同時に,輸入された飼料やその成分の起源が割り出せるようなトレースバック・システムを強化する必要がある.
     化成工場の数と,それらの生産量は日本と台湾以外は限られているが,化成工場の存在する国々(中国,インド,パキスタン,タイランド等)で,反芻獣が原料として混ぜられていた国では,BSE病原体のリサイクルが全く起こらなかったとは云えない.また,アジアの国によっては,化成工場とは肉の残渣を処理する工場を意味し,骨粉を作る工場は含まない国がある.しかし,反芻獣の骨髄や脊椎骨や神経節にはBSEプリオンが検出されることがあるので,十分加熱していない骨粉もBSEリサイクルの原因となりうる.
     今,アジアの国々におけるBSE対策として最も重要なことは,有効な疫学的監視体制を確立することであり,そのためには,感染牛の有無を調査することの出来る獣医師と実験室診断の出来る専門家の養成である.その為には,集中的な講習会や訓練のコースで,疫学的分析方法,BSEの臨床診断法,診断用材料の処理方法と輸送法,届出方法等を教える必要がある.これとは別に,診断検査方法の訓練も,診断センターが確立するまで支援する必要がある.実際に,BSEを発見するには何千,何万のオーダーで検査材料を集める必要があるので,それに対する支援が必要となる.その為には,もっと安価で簡便な検査方法(例えば,ディップ・スティック法)の開発と普及が必要となるであろう.
     中国は,質問状に対する正式な返事を送って来なかったが,北京訪問の折,「Risk analysis and assessment of BSE in China」(2)と題するレポートを受け取ったので,その概略を紹介しておく.この2000年に出版されたレポートには,次の8点が含まれている.
    1. リスク分析は2000年に行なわれたが,今後も1〜2年毎に行なう.
    2. BSE及びスクレイピー感染国からの反芻獣の輸入,及び反芻獣由来の飼料の輸入禁止.
    3. 定期的に行なわれるBSEに関する教育と知識の普及活動.
    4. 中国における肉骨粉,骨粉の生産量は1995年に年間約30万トンであったものが,1998年に45万トンに増加した.そのうち約47%が反芻獣由来で,約57%が豚由来であった.中国の牛の約10%に調合飼料が与えられた可能性がある.
    5. 中国では,BSEもスクレイピーも届出義務のある疾病である.長期的な監視システムの下に,疑いのある動物は国立の診断センターで検査する.
    6. 政策,規則及び安全対策は既に決定され,各省は毎年,最近50頭の(24ヶ月以上でBSEの疑いのある)牛の脳材料を診断センターに送る.
    7. 北京の農業大学と青島の国立検疫研究所にBSEの診断センターが設立された.

       この中国のレポート(2000年)(2)には,BSEのリスク評価が検討されているが,輸入された飼料の正確な量などのデータが十分ではなく,今日までの正確な疫学的データと検査結果が不足している.例えば,Eurostat(5)のデータによると,中国は4,153トンのBSEに汚染されている可能性のある肉骨粉や獣脂を,1991年から2000年までの間にBSEに感染した欧州諸国から輸入している.従って,中国がBSE清浄国と宣言するためには,更に厳密なリスク分析や大規模な監視体制が必要となるのではないだろうか.
       最後に,インドネシアとラオスからは質問に対する答えが得られなかったが,インドネシアには約30万トン余りのBSEに汚染されている可能性のある飼料が,1988年から2000年の間に欧州のBSE感染国から輸出されたとするデータがある(Eurostat)(5).例え,これらの飼料は豚・鶏用として輸入されたとしても,これらの動物と同居している牛に与えられなかったという保証は無い.従って,インドネシアの畜産を守るためには,BSEの厳密な疫学的監視と調査が必要不可欠であると考えられる.
       就中,家畜と畜産物の自由貿易を目指しているアジア諸国にとっては,BSEやスクレイピーや慢性消耗病のような難しい病気が,アジアに根を下ろすことのないよう全力を尽くしてゆくべきである.

  7. おわりに
     アジアの多くの国に,BSEに汚染された肉骨粉などの飼料が大量に輸入されていたが,1996年から2001年の間に,その殆どの国が輸入を禁止した.輸入は禁止されても,その前に輸入された飼料は,大部分が豚や鶏に与えられたと思われるが,牛にも与えられた可能性は否定できない.飼料調合などの過程でも,交差汚染を起こした可能性も否定できない.
     また,中国,インド,日本,パキスタン,及び台湾などの化成工場で,BSE感染動物が,飼料にリサイクルをされた可能性も完全に否定できない.
     一方,香港とバングラデシュでは,未だにBSE感染国からの飼料の輸入が禁止されていないので,これらの港経由で危険な飼料が,アジア原産と称して輸入される恐れが残っている.
     斯様な実状を踏まえて,アジア各国のBSE,その他の海綿状脳症の監視体制を思い切って強化する必要がある.それが,アジアにおける将来の自由貿易上,必要不可欠の条件なのである.

参考文献

(1) Ozawa, Y.: Risk management of transmissible spongiform encephalopathies in Asia, OIE Sci.Tech, Rev. 22 (1), 2003, in press.
(2) Bureau of Animal Production and Health, Ministry of Agriculture, China: Risk Analysis and Assessment of BSE in China, 31-70 (in English), 2000.
(3) EU: Opinion of the Scientific Committee on the Geographical Risk of Bovine Spongiform Encephalopathy in India, Pakistan and Singapore. 2002.
(4) OIE: Manual of Standards for Diagnostic Tests and Vaccines, 457-466. 2000.
(5) EU: Eurostat data on the export from BSE affected countries (Eurostat 03-05-2002)

表1 ヨーロッパから輸入された肉骨粉
国・領土名
バングラデシュ 輸入量は不明(輸入は今でも自由)
香  港 輸入量の詳細は要請に応じて知らせることが出来る
インド 欧州のBSE感染国からの輸入はなかった
日  本 デンマーク(211トン1999年,25,768トン2000年),ドイツ(47トン1992年),ロシア(38トン1993年),イタリー(394トン1990年,20トンの鶏粉1993年,21トン1995年,105トン1996年,60トン1997年,5,222トン1998年,19,192トン1999年,28,857トン2000年)
マレーシア デンマーク(1,268トン2000年),イタリー(948トン2000年),フランス(43トン1996年),オランダ(163トン1996年)すべて鶏用
パキスタン 英国(43トン1955年),ベルギー(20トン1992年),ドイツ(5トン1997年)これらはすべてアフガニスタンに送られた
フィリピン 英国(1995年),その他の欧州(2000年)すべて豚と鶏用
シンガポール オランダ(3,773トン1985年)
台  湾 1990年輸入禁止。それ以前の輸入量は不明
タイランド ベルギー(1988,1996年),デンマーク(1994-1999年),フランス(1989-1999年),ドイツ(1994-1997年),イタリー(1991-1997年),オランダ(1990-1997年),ノルウェー(1992-1999年),スペイン(1996年),英国(1990-1999年)詳細は要求があれば送る
ベトナム フランス(344トン1999年)豚用

表2 ヨーロッパからの肉骨粉その他の飼料原料の輸入禁止
国・領土名
バングラデシュ 輸入禁止は行なっていない
香  港 輸入禁止はしないが,輸入国の自主的禁止に頼っている
インド 1998年以後すべてのBSE感染国からの輸入を禁止
日  本 BSE感染国からの輸入禁止(詳細は要請に応じる)
マレーシア 英国,フランス,オランダ(1996年),イタリーとデンマーク(2001年)
パキスタン 2001年にBSE感染国からの輸入禁止
フィリピン 英国(1995年),EU諸国(2000年),その他の感染国(2001年)
シンガポール 1985年オランダからの輸入以外輸入記録なし
スリランカ 欧州からの輸入(1997年に禁止)
台  湾 英国(1990年),それ以後BSE発生時にその国からの輸入禁止
タイランド 英国その他のBSE感染国(1996年),その他のBSE感染国(2001年)
ベトナム すべてのBSE感染国(1999年)

表3 反芻獣の化成工場
国・領土名
香  港 34,300トンの豚材料(133°C/20分/3気圧処理)
インド 化成工場の生産物は,肥料,セラミック,ゼラチン等の製造に使用
日  本 121工場で合計32万トンの牛,70万トンの豚,5764トンの鶏が精製されている(そのうち5.4-13.4%が加熱処理されている)。死亡牛は焼却。
ミヤンマー 化成処理は行なわれているが,詳細は不明
パキスタン 4,380トンの牛,1,340トンの水牛,2,250トンの羊・山羊が化成処理されている。死亡畜は焼却/埋却する。
スリランカ 鶏用の2つの化成工場がある。死亡したものは埋却
台  湾 5化成工場で,49,246トンの牛,35,501,938トンの豚,2,403トンの鶏と0.65トンの羊・山羊が精製され熱処理されている
タイランド 肉骨粉,肉粉などの化成工場はない。フェザーミールと肥料用の骨粉は作られている

表4 BSEの実験室診断の結果
国・領土名
香  港 近々と畜場で検査をはじめる予定
インド 1998年(10検体陰性),1999年(8検体陰性),2000年(19検体陰性),2001年(5検体狂犬病と診断)
日  本 1996年から2002年3月迄に654,354検体が調べられ,4頭が陽性(その他8月にさらに1頭が陽性)
マレーシア 2001年に120検体が調べられ,すべて陰性
パキスタン 1998年(3検体陰性),1999年(3検体陰性),2000年(3検体陰性),2001年(3検体陰性),2002年(3検体陰性)
フィリピン 2001年(50検体陰性),2002年(4検体陰性)
台  湾 1998年以来,合計137頭を検査し,すべて陰性
タイランド 1990年以来,合計1,583サンプルを検査,すべて陰性
(その他の国では検査例なし)
連絡先 日本獣医学会事務局
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